亀トの話し


『対馬亀朴談』 横山孫次郎(昭和3年)
『太兆亀相伝』 大原美能理(明治28年)

 かつて古代中国の殷や周の時代、亀の甲羅に甲骨文字を書き込み、それを焼く占いによって、国政を決めていたと言うのは、世界史の時間に習いましたよね。

 この亀の甲羅や鹿の肩甲骨を焼いて行う占いを「亀卜(きぼく)」と言うのですが、これは隋や唐の時代にも行われ、日本にも奈良時代に伝来しております。
(とは言うものの、これが殷や周の時代のそれとイコールとは、さすがに思えませんが)
 ところが、この亀卜は、現在では殆ど忘れ去られております。
 同じく奈良時代に伝来した他の占い、周易や宿曜占星術や奇門遁甲(この当時の物は失伝しましたが、中国から再輸入されました)、六壬式占などは健在なのに・・・。
 その理由は、亀卜は「祭儀」とされたためです。

 一般に、周易や宿曜占星術や奇門遁甲、六壬式占は、陰陽五行説や天体の運行に従って行われるもので、いわば「学問」扱いだったのです。そのため、これを行うのは、当時の朝廷では、陰陽寮の仕事でした。
 それに対し亀卜は、「神のお告げを伺う」宗教的な祭儀であり、「学問」とは違った。
 そのため、当時の朝廷でこれを行ったのは、神技官(じんぎかん)でした。
 神技官とは、神道の神の祭祀を司る役職です。
 こうして、これはいつしか「神道」の「神聖な秘密の儀式」となり、一般には隠され、その結果、マイナーになって行った・・・。
 しかし、これは神社の祭祀と言う形で、何とか現在まで行われているようです。これらの本の著者は、この亀卜の秘伝が失われかけてることを憂い、これを調査し、出版することによってこれを守ろうとした、とのこと。

 方法は、祭壇の前で祈り、祝詞を唱え、木製の棒を焼いて、あらかじめ切れ込みを入れて置いた亀の甲羅にこれを押しつけます。すると、その熱で甲羅に、ひび割れが入る。このひび割れの形で吉凶を判断します。

 これらの本を読んで見て思ったことは、これは「占い」と言うよりは、もう殆ど「神のご託宣」を得るための「宗教的儀式」とすべきでしょう。
 いい加減な気持ちでこれを行うと、罰があたるぞって言うから、怖いです。

 『対馬亀朴談』は、実践を主眼において書かれた本で、儀式の手順が、かなり詳しく記されております。これは宗教史の研究者にとっても、かなり貴重な資料なのでは無いでしょうか。
 『太兆亀相伝』の方は、断章的な資料を集めたスクラップ・ブックみたいな本でありました。