- 200409-

- 09月02日 -
日本人の持つ気質に、「本音と建前」というものがあります。これは、諸外国の方々にはなかなか受け入れてもらうことのできない、日本人たる証拠の一つなのでありますけれども、今日はその「本音と建前」のお話です。

『おーい、これとこれと、これと・・・あ、それも頼む。』

「はい、喜んで!」

喜ぶかっての。自分でやれっての。死にたい。さようなら。


- 09月13日 -
いやあ、まいりましたね。風邪ひきましたよ。久し振りだったんで、体もビックリしたようで。職場に行った時に倒れましたからね、はは、笑える。いや、もう大丈夫なんで、心配しないで結構です。

いやあ、何が笑えるって、倒れかけた時に周りが心配してくれてたんですよ。その最中、このような事態に陥った、無理な行動計画を立案した人は完全に無視してましたからね、僕のこと。最後に一言頂いたんですけれど、その言葉も面白い。

『無理はするなよ』

いや、あなたが立てた計画だから。さようなら。


- 09月14日 -
僕は何のために存在しているのか、時折、ふと疑問に思う時がありますこう毎日毎日仕事に向かい、そして、疲労の限界になっての帰宅。倒れるように布団に潜り込み、また翌朝には家を出ます。はてさて、これは一体何なのでありましょうか。ある種、ゲームの中における、同じ台詞しか話さない脇役のような、それくらい単調な毎日の繰り返しであります。とすると、僕がこのゲームを降りるには、リセットボタンを押すより他に選択肢は無いわけでありまして、僕の現在の状況から察するに、リセットボタンは即ち、手元にある荒縄をどう使うかに掛かっていると思うわけです。あ、わかった!さようなら。


- 09月19日 -
何と言うか、虚脱感に包まれてしまう瞬間がしばしばありまして。果たして自分が何をしているのか、何がしたいのか、わからなくなります。毎日の疲れのせいにするわけではありません。ただ、生活のリズムの波における上下を感じられないのも、確かであります。

結局、自分自身でこの状況を打開するより他に無いことは重々承知しております。しかし、その術を僕は知りません。さようなら。


- 09月28日 -
所詮は人は、自分以外の何者でもないわけでありますから、天涯孤独という言葉に、偽りは無いと思います。人の悲しみ、苦しみなどを察することはできても、それは想像上の産物でしかなく、その当人の悲しみを完全に理解することは不可能であると思うのです。いくら、詳細に説明をされても、やはり、無理だと思うのです。同様に、その人が何を考えているのかも、わかるわけなどないのです。何がしたいのか、僕にはわかりません。さようなら。

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