- 200406 -

- 06月03日 -
日々の気ぜわしさに我を失うことしばしばながら、なんとか生き延びている次第であります。ここ数日で僕を取り巻く環境が著しく変化し、その変化に対応すべく息巻いてはいるものの、なかなか思うようにいかないのが、人生でありまして。気ばかりが急いてしまい、体がついてきません。一時の休憩の際の煙草の煙の、悠々たる姿に暫く見入ってしまう毎日であります。さようなら。


- 06月04日 -
喜怒哀楽の、怒と哀が突出した毎日を過ごしております。都会の喧騒に揉まれ、己の至らなさを身に染みて実感しております。己が鋼で鍛え上げたと思っていた船は、どうやら泥で作られた、とても脆いものでありまして。日々補強をしなくては、簡単に波に飲み込まれ、挙句の果てには沈んでしまいます。人生という名の航海の果てに何があるのかは、解りかねますけれども、その果てを見るには、まだまだ補強が必要であることは、明白であります。さようなら。


- 06月07日 -
金曜日の夜から著しく上昇するテンションも、日曜日の夕方を境に、急降下していきます。新しい一日を迎えることが、こんなにも陰鬱なるものであるとは思いもよりませんでした。「今週末は何をしよう?」などといった、無限の可能性も、すっかりと身を潜め、次の金曜日までは姿を現すことのないことは、明白であります。さあ、一週間の始まりです。さようなら。


- 06月013日 -
呆れる程に忙しくなっている近頃の僕ですけれども、皆様如何お過ごしでしょうか。正に東奔西走の、今この状況に口を開けて呆然とするより他にありません。絶望の淵に立たされた時の人の行動は概ね2択でありまして、抗うか受諾するかのどちらかだと思うのです。僕は抗いたいと思うながらも、受諾する派であると思います。俗に言う、負け犬であります。さようなら。


- 06月018日 -
「火の無いところに煙は立たない」などと、先人達は巧いこと言ったものでありまして。物事における始点というものは必ず存在するわけでありまして。これは、仏教に近い発想ではありますが、因果応報というものと同じものであると僕は思います。善なる行動は善へ、あくなる行動は悪へと、その道は予め、始点が存在する以上決まっているかのように思えて仕方がないのです。世事に疎くなってしまった僕ではありますが、やはり、万事この調子で世界は動いていることは、確かだと、感じております。さようなら。


- 06月20日 -
ふと思い返すと、相当な時が経っているということに少々驚きを隠せません。「もう」なのか、「まだ」なのかはわかりませんが、確実に時は経っておりまして、以前の僕と、現在の僕とで心持も若干異なっているのだろうと思います。現在の僕ならば、当時何を考えたのだろうか、どうしただろうかと、一人煩悶します。

しかし、そうは言ったところで、所詮は覆水盆に反らず。そういった数多くの失敗を経験して現在の僕がいるのであります。時に過去を振り返ることも大切だとは思いますが、過去に浸ってしまうと、己が歩を止めてしまうものであります。今を、そして前を向くことが肝要かと、思うわけです。さようなら。


- 06月26日 -
いやはや、ここのところ、多忙を極めている僕でありまして。思うように自分の時間を見付ける事の出来ない毎日に辟易としております。その辟易とした感情を慰めるために僕の選んだ手段が、正に愚の骨頂とも言えるであろう、酒なのでありまして。ビールの栓を開ける行為が、最早日常と化してしまった今、僕の体は真っ直ぐに肥満へと向かうことは自明の理であります。あれ程忌み嫌っていた肥満への道に、いざ自分が置かれることになるとは、思いもしませんでした。意外と、心地よかったりします。さようなら。


- 06月29日 -
こんなにも更新をしないサイトにも関わらず、日参してくれている皆様方に深くお礼とお詫びを申し上げます。「忙しい」などと、言いつつも、毎日酒を飲む時間があるなら更新しろと思うわけではありますけれども。いざ自室のベッドを前にすると、直前までの勢いも何処へやら、勢いよく布団に潜り込む始末。「これじゃあ、いけない」さと思いつつ、本日はパソコンを立ち上げた次第であります。そうは言いつつ、次回の更新日時が依然、未定な辺りが僕の弱さなのだと思うわけであります。ちなみに、今日も飲んでます。さようなら。

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