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- 10月07日 -
「そろそろ・・・か。」
家々には徐々にだが、灯りが点ってきた。最近、日が暮れるのが極端に早くなった気がする。僕は短くなった煙草を投げ捨て、足でその残り火を踏み消した。ここは、所謂、ベッドタウンと呼ばれる住宅地であり、昭和の終わり頃から急速に家々が立ち並んでいった。僕はここで生まれ、そして育った。
僕が今いるこの丘陵は、小学生だった僕が友人と遊んだ、馴染みのある場所であり、ここからは全てとは言わないまでも、僕の育ったこの街の大部分を見通せることができる。昔から、悲しくなったり、辛くなったりすると、よく一人でここに来たものだった。この街で育った僕からすると、この街は言わば、第二の母親だったのかも知れない。
僕は、取り返しのつかないことをしてしまった。ほんの、些細なきっかけだった。仕事で疲れていた時に同僚に渡された、あの薬。何も疑わずに飲み込んだその先には、疲労感など感じずに止め処なく溢れ出る快楽が待っていた。そして、僕は、その快楽に、身を委ねた。
日毎に増す、得体の知れない薬の量とは裏腹に、崩れていく僕の精神状態。最早、薬が無くては何もできない体になってしまった。もう、引き際なんだ。そう思い立った僕は、あの、懐かしい丘陵にやってきた。ここ何年も訪れていないのにも関わらず、その場所は変わらず、僕を迎えてくれた。
街並みを眺めている内に、頬に何かが伝うのを感じた。そのまま暫くの間、僕はそれを拭おうともせず、ただ、頬を伝わせた。懐かしい、豆腐屋の音が聞こえる。街並みは変わってしまったが、やはり、何も変わっていなかった。
僕は、懐から手紙を取り出し、そのまま破り捨てた。そして、僕は、来る時とは違う足取りで丘陵を降っていった。気付けば、街の殆どの家々に、灯りが点っていた。さようなら。
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