第165回 電話セールスで買う人がいるの?

「ふざけるなっ!」

電話に出た夫が、爆発音をさせて受話器を切った。

「あらぁ、電話機に当り散らすのはやめてちょうだい。
 新しいのを買わなくちゃならないから。どうしたの?」 

「フン、墓地を買いませんか、って言いやがる」
「まあ、縁起の悪い」

電話を取った人が癇癪持ちだったからいいようなものの、
深刻な病気を抱えた人なら確実に落ち込むでしょう。

そこで恒例の夫婦討論会となった。

「考えてみれば、一度はお世話にならなくちゃならないし。
 こういうセールスさんって大変ね」

「大変だからって、手当たり次第に他人のうちにこういう電話をかけていいのか?」
「そんな噛み付くようにわたしを睨まないでちょうだい。ただそう思っただけよ」

「こんな電話をかけられて喜ぶヤツの顔がみたいぜ」
「ちょっと大人になってさ、もう三か所ほど買ってあるけど、
 夫婦で別々に入っても使い切れなくて持て余しているから、
 ひとつそちらで引き取ってくれませんか、とかなんとか・・・」

そういうわたしにしても、直接電話を取っていたらきっと気分を害していると思う。

まだ先が長い若者世代なら笑ってやり過ごせても、
そろそろ先が見えてくるような世代になると、
そのことをいやでも考えなくてはならない。

顔も見えないセールスマンからいきなりそれに触れられたら、
気分を害するのは当たり前。

世間には
「営業のための電話だから普通に受けて、要らなかったら断ればよいだけのこと」と、
達観したご意見もあるようですが、わたしは修行が出来ていない身なので、
勝手に我が家の電話を使ってくる営業はごめん蒙りたい。

墓地に限らず、電話セールスなるものは非常に失礼な商売方法だと、
日ごろから強く感じている。

時には、親しい人の電話でさえ応対に困るようなこちらに事情がある場合がある。
見知らぬ他人の生活の貴重な時間の中に、
ズカズカと土足で上がりこんでくる営業電話などは論外である。

我が家の電話は圧倒的にセールス電話が多い。
今まさに出かけようとスニーカーを履いたとき、
洗濯物をベランダで干しているとき、煮物をしているとき、
いちいち受話器に呼び寄せられる。
トイレの途中や、顔を石鹸の泡だらけにしているときは、悲惨この上ない。

どうせセールス電話だから無視しようと思いつつ、
いや親戚から急用かもしれない、ひょっとして友人が上京してくるのかなと気になり、
すべてを放り出し、つい受話器を上げてしまう。

こちらが名前を名乗り、相手がほんの一言発するだけで、
声やその抑揚で電話セールスとわかる。
そうとわかると丁寧に名乗った事や、
いろいろな作業を中断された事が無性に腹立しい。

一時は癇癪持ちの夫にセールス電話対策係りを命じたが、途中で挫折した。

友人たちが声をそろえて言う。

「なんとかしてよ。もう電話をかけるのイヤだわ。
 ダンナさんがすごーく不機嫌な声で<どちらさん、どこの誰?>って
 シツコク訊くんだもの」

その都度「ごめんなさい。セールス電話と間違えていやがらせをするの」
と謝るが、かなり肩身が狭い。

「友だちのときはうんと気取った声にしてね」とよく言い聞かせているが、
女性の化粧品セールスも多いから、みんな敵(セールス)だと思い込んでいるらしい。

すったもんだで、結局わたしがまた電話当番になった
セールスとわかると開口一番「どこで個人情報を入手したのですか?」と
先制攻撃の詰問することにした。
100%が「電話帳で順々にかけています」と答える。

(へぇ、そんなわけないじゃん。我が家の番号は不掲載処置にしてあるよ)

しかし、そ知らぬ顔で続ける。

「あのね、電話セールスは机の前に座って電話をかけるだけだから楽でしょ。
 でも受け取る方はあれこれ時間を邪魔されて、すごく不愉快になるの。
 買う側を不愉快にさせたら物を売り込む手段には適さないと思わない?
 もうかけてこないでね。では切りますよ」と予告してから、
 ガチャンと置く手はずにしている。

それでもたまに、夫と同じように受話器に当ることがある。

「もしもし、〇〇でございます」
「あのぉ、ボク寂しいんです」
「えっつ、どなた?」
「ボク寂しいんです。慰めてくれませんか」
「はぁ? どちらへおかけですか?」

返事の代わりに荒い息遣いが漏れて来るころ、
わたしは怒髪で受話器を爆発させる。

それにしても電話セールスで物を買う人がいるのかしら?
いるから廃れないの?

いずれにしても、どこかで個人情報が漏れていることは明らかだけど、
迷惑な電話セールスは何とかならないものでしょうか。



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