大伴家持の鹿鳴の歌二首

 山彦(やまびこ)の 相響(あひとよ)むまで 妻恋(つまご)ひに 鹿(か)鳴く山辺(やまへ)

                        ひとりのみして

山彦の響き合うばかりに声高く、妻を恋い慕って鹿が鳴く山辺に、ただ独りだけでいて…

恭仁の秋  天平15年8月16日に作れり。このとき家持は恭仁の都にいた。恭仁は狭い

泉川
木津川)の川沿いのところで、山がせまっていることもあって、鹿などが多く鳴いた。

平地をひかえた奈良とは地理的条件がちがっている。そうゆうことを背景にして、この歌が

生まれた。家持は妻大嬢を旧都の奈良に残して別れ住んでいた。妻恋いに鳴く鹿の声に、

独り離れて住む自身の妻恋しさを余情としてこめた歌。この歌も 巻4‐769の紀郎女へ

贈った歌、
巻8‐1632の大嬢に贈った歌にも、山辺が歌われていて、「山辺」にいることを

嘆いている。ここは恭仁京と言っても山里なのだとの思いがある。
東大寺僧坊跡
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