春日大社 万葉植物園 姫百合
  夏の野の 繁みに咲ける 姫百合の 知らえぬ恋は

            苦しきものそ

               大伴坂上郎女(おおとものさかのへのいらつめ)

夏の野の草の繁みに咲いている姫百合の花は、人に知られない。

そのように相手に知られない心に秘めた恋は苦しいものです。

姫百合のヒメは「秘める」と同音なので、下句につながる。恋い慕

う相手が、まだこちらの気持ちを知らない。恋の始まりの時の歌で

しょう。草の緑、姫百合の赤。片思いの苦しさを歌ったにもかかわ

らず、雰囲気が甘やかだ。大伴坂上郎女という人は、万葉集の

女流歌人としては、指折りの人で、佳品を多く遺している。大伴

一族だから、作品も多く伝わったとも言えるけれども、その中の

いい作品の率から言って、相当の歌人だと言える人である。異母

兄の大伴宿奈麻呂との間に、坂上大嬢
(さかのへのおおいらつめ)と坂

上二嬢
(さかのへのおといらつめ)とを生んでいて、この大嬢が家持の妻

となった。坂上郎女の歌は万葉集に83首と女性歌人では一番多

いのに、悲しい恋や、めくるめく恋の歌は見受けられない。

愛した相手は穂積皇子
(ほづみのみこ)をはじめ藤原麻呂や大伴宿

奈麻呂、大伴百代
(ももよ)の名があげられるが、「本当の恋人は

誰だったの」と聞かれて首を傾げるのは当の郎女なのかも知れま

せん。

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