桜井市朝倉 黒崎 天の森の丘に咲く野辺のすみれ
   春の野に すみれ摘みにと 来しわれそ 野をなつかしみ 一夜寝にける

                                    山部赤人  


春の野に、すみれの花を摘もうとやってきた私は、野辺の美しさに心引かれて、

ここでつい一夜を明かしてしまった.
      

とにかく赤人の歌はあまりにも有名である.だからすみれは万葉にはたくさん歌わ

れているように思われがちだが、実は4首しか歌われていない.やはりすみれは

赤人的な花だといってよいだろう.柿本人麻呂の花は浜木綿大伴家持の桃、そ

して赤人のそれはすみれだといいたい.家持がいちばん多くよむのは撫子だが、

やはり家持を象徴する花は桃である.さて、この赤人のすみれはあまりにもなつか

しさを放っていたばっかりに、赤人を野宿させてしまったという.赤人は宮廷歌人と

して名をなしたが、しかし心はいつも「野」にあったのだろう.在野の自由な精神が

つねに彼を牽引していて、ある日とうとう、本当に野で一晩を明かしてしまった.と

いうことだ.すみれは、こうした野の象徴のように、虚飾もなく可憐に咲く.芭蕉の

「山路来て なにやらゆかし すみれ草」のように、大げさに訴えることもなく、何やら

しかしたしかに、心をひきつける花である.野に到来した春を告げる花としても万葉

に歌われている.
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