巻向まきむくの 山辺響とよみて 行く水の 水沫みなわのごとし 世の人われは

                           柿本人麻呂歌集  巻7‐
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巻向の山辺を、どうどうと音を立てて勢いよく水が流れ行くが、人生なんて川の

流れに出来る水の泡のように、はかないものよ.
  犬養 孝 「わたしの万葉」より

人生は所詮この歌のようですね.人の世の無常など、若い時や幸福な時には

全く無縁のことですが、ひとたび不幸に見舞われたり年老いてくると、人生の無

常、人の命のはかなさを、つくづくと思い知らされるものです.そして不幸が我が

身に近ければ近いほど、過去や未来に目を向けたり、人の命について考えるも

のです.巻向山は、桜井市の三輪山と穴師山との間にある高さ565メートルの

山です.巻向川は、その巻向山と三輪山、穴師山の間の谷川を集めて、穴師、

車谷の村の中を流れていく小川ですが、山峡で落差が大きいせいか、文字通り

「山辺響みて……」轟々と流れて行きます.眼を閉じて水音だけを聞いていると

「どんなに大きな川かしら……」と思うほどです.この巻向川にこの水音、そして

三輪山も巻向山も、みんな万葉の昔と同じです.人麻呂も、この巻向川のほと

りで人生について考えたのでしょうか.周囲の小高い山は、ほとんどがみかん畑

です.実りの秋には、山全体が、濃い緑の中にオレンジ色のビーズをまき散らし

たようになります.まばらな民家の間を縫うように走る山辺のあちこちに、「一袋

100円」と書かれたみかんの無人売店があります.秋だというのに、ところどころ

にタンポポの黄色い花が群がって咲いていました.黄色い蝶も飛んでいました.

みかんを頬ばりながら巻向の川音に耳を傾ける小春日和の晩秋…….

楽しい素晴らしい景色の中にいると、つい人生の無常などわすれてしまいそうです.
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早春 三輪山の裾野を流れる巻向川 巻向 車谷の里