吉野 喜佐谷

み吉野の 象山(きさやま)の際(ま)の 木末(こぬれ)には ここだもさわく 鳥の声かも

吉野の象山、山中の木々の梢では、あたり一面に鳴き騒ぐ鳥の声の何とにぎやかなことか。

ぬばたまの 夜の更けゆけば 久木生(ひさきお)ふる 清き川原に 千鳥しば鳴く

夜がしんしんと更けるにつれて、久木の生い茂る清らかな川原で千鳥がしきりに鳴いている

                                    犬養 孝「万葉の人びと」新潮文庫より

この歌は、聖武天皇が即位してまもなく、吉野にいらっしゃった。その時、お供をしていった

山部赤人の歌です。山部赤人も、柿本人麻呂と同じように宮廷歌人です。天皇のお供をして、

そして、そこで土地をほめたたえる歌をうたう。そう言う点では、人麻呂と同じような傾向です。

それでいながら、歌は全然違うんです。これはやはり時代の移りというものがわかります。

赤人はこの吉野の歌には、長歌があって、ここで紹介した第一反歌、第二反歌があるんです。

では長歌はどういう事を言っているかと言うと

「やすみしし 我ご大君の 高知らす 吉野の宮は たたなずく 青垣隠り 川なみの 清き………」

そこでは吉野宮の天皇のことも述べていますが、主に吉野の自然を描いています。春と秋

山と川の美しさについて歌っている。そこで、少しこれを柿本人麻呂と比べてみると、非常に

おもしろいことがある。人麻呂は、持統天皇のお供をして吉野に行った。そしていくつかの歌

をうたいましたが、こういう反歌があるのです。

       山川も 依りて仕ふる 神ながら たぎつ河内に 船出せすかも   巻1‐39

この歌をみると、人麻呂にとって天皇は最高の神ですね。山の神も、川の神も、相寄ってお

仕え申す持統天皇は、最高の神様でいらっしゃるから、こうやって、“たぎつ河内の船出を遊

ばす“と歌うんですね。赤人はどうでしょうか。第一反歌、第二反歌には、ひとつも天皇のこと

は出てこない。これはやはり時代の違いというものだと思います。人麻呂から見れば、天皇

は絶対の神です。ところが、この赤人のは、長歌、反歌も天皇のことは言わないで、自然的

な、あまりにも自然な姿だけを対象としてみている。そしてどうでしょう。大変見事ですよ。

「み吉野の 象山の際の 木末には……」 広いところから、「の」、「の」、「の」の律動にのっ

て、だんだん小さいところへ持っていった。そして「ここだもさわく 鳥の声かも」と4、3、3、4

の律動でしょう。だから、まるで小さい自然の姿がよくわかる。亡くなられた歌人の島木赤彦

氏はなんて言ったでしょう。「静中の動、動中の静、宇宙の寂寥相に入る」というのです。

本当にそんな感じですね。自然の奥底に滲みとおっていくような歌ですね。

ところで、山部赤人は、「万葉集」に49首の歌があるんですが。この人は今日の言葉でいえ

ば、最も創作意識の旺盛な人と言えるでしょう。美の創作意識といったらいいかも知りません

ところで、この2つの歌の舞台はどこかといいますと、吉野の大和上市というところから、6キロ

程上流に行きますと、宮滝というところがあります。吉野離宮については、いろいろ説がありま

すが、ぼくはこの宮滝だろうと思う。そこには、南の吉野の山から、象の小川というのが吉野川

に流れ込んでいます。流れ込む深い淵が大伴旅人が詠んだ「夢のわだ」があります。

「わが行きは 久にはあらじ 夢のわだ 瀬にはならず 淵にてあれも」    巻3‐335

象の小川の西側にあるのが、象山なのです。吉野の奥に入って象の小川の奥に、桜木社とい

う静かな所があります。そこはちょうど象山と御船山の狭間になるんですね。そういうところへ

行って小鳥の声を聞いてご覧なさい。それこそこの歌が、いかに自然の奥底にしみ通っていく

ような歌かということが、しみじみわかります。実感として感じることができる。そして歌は音楽で

すから、み吉野の――象山の――際の――と絞ってくる呼吸なんて、とても大事だと思うんです

また、山部赤人が吉野にお供をした時代の行幸というのは、持統天皇の行幸とまた違ってきて、

吉野はユートピァ、そして若干レクエーション的匂いも加わってきています。持統天皇の時の

ように信仰の吉野ではなくなっているということも大事なことです。  

                                      犬養孝「万葉の人びと」新潮文庫より
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