桜井市吉備池より葛城山を望む

百伝(もも)伝ふ 磐余(いわれ)の池に 鳴く鴨を 今日のみ見てや 雲隠りなむ

ああ〃もう終わりだ。何もかもおしまいだ。磐余の池に鳴いている鴨も見られなくなる。鴨だ

けではない。大和の風景もそしてあの女の顔も…全て今日で終りだ。


大津皇子の謀反の計画は、親友川島皇子によって、686年10月2日密告され直ちに逮捕”

大逆犯人”として、翌10月3日、訳語田(おさだ 桜井市)の家で自頸させられます。 天皇(

天武天皇)死後1ヶ月もたたないうちに、大津抹殺のシナリオは完結します。大津皇子24歳

の若さで帰らない人になりました。

大津のお墓は馬来田(まくだ)の池のほとりに作られたが、ある時は雷がとどろき、ある夜は

鬼火が磐余から浄御原(きょみはら)あたりに漂う、という風説が広がったようです

訳語田宮跡といわれる桜井市 戒重の春日神社より車で7分程の吉備池の晩秋夕方 百伝

ふ 磐余の池に…口ずさみながら寒さをしのいでカメラを構えていると突然今まで見たこと無

い雲柄が現れてきました。明日の自害の悲運を示しているのか、又は怨念の雲なのか…

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