秋さらば 見つつ偲しのへと 妹が植ゑし やどのなでしこ 咲きにけるかも

秋になったら、この花を見てはわたしのことをなつかしく思って下さいねと言

っていたいとしいあのひとが植えたわが庭のなでしこの花がもう咲きだした

ことよ.


天平11年(739)6月.家持(22歳)が亡くなった妾しようを悲しみ悼んで詠んだ

13首中の1首.「妾」は正妻ではないが、現在のわれわれがその字に対して

持っているような差別や偏見はいっさいない.家持自身も、そのような見方は

ないし、おそらく彼の愛情の対象だった女性たちにも身分的な優劣を競う意識

はなかったであろう.たまたま家柄とか同族関係とか時期とかによって、妻とか

妾とか書き表したにすぎないであろう.同年、家持と大嬢との愛情関係の進行

中であったことは、巻八の一連の相聞往来(1624〜1626で明かである.亡き

妾がほんとうに自分のことをしのんでくれといってなでしこを植えたかどうかは

問題ではない.亡き人にゆかりの景物を、「見つつ偲ふ」のは亡き人の追慕する

歌のきまり文句の一つである.要するに、作者は、もっとも愛したかれんな花の

イメージと亡妾を重ねたかってだけなのである.家持は好みの女性を「なでしこ」

化したかったのだ.「なでしこ」ということばには、「撫でし子」つまり愛情をそそい

だいとしい娘の意がこめられていたにちがいない.語源は不明だが、花が可憐な

ので、この意味で名付けたともいわれる.「なでしこ」という花の名には、容易に詠

み手の愛情をそそいできた娘、恋の相手を喚起させる力があったのである.

                             「万葉びとの四季を歩く」 都倉義隆著

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野辺に咲く撫子