大和島(生駒山)より明石海峡遠望 かすかに明石大橋が見えます
     ともしびの 明石大門(あかしおほと)に 入らむ日や 漕ぎ別れなむ 

                   家のあたり見ず

 
                                          
明石の広い海峡に船がさしかかる日には、遙かかなたの故郷に別れを告げる

ことになるであろうか.もう家族の住む大和の山々を見ることもなく………


天離
(あまざか)る 鄙(ひな)の長道(ながち)ゆ 恋ひ来れば 明石の門(と)

より 大和島
(やまとしま)見ゆ               柿本人麻呂   巻3‐255

遠い田舎の長い道のりをひたすら都恋しさに上がって来ると、明石海峡から大和の山々が

見える。天離(あまざか)る 鄙(ひな)の長道(ながち)ゆ 恋ひ来れば 明石の門(と)より

大和島見ゆ.人麻呂は、明石海峡を舟でどこまで行って帰ってきたのでしょうね。今では、

とても想像も出来ない程長くて辛いのが、古代の旅です。しかも、陸ではなく海の旅です。

穏やかな海ばかりではありません。波の高い日も、雨の日もあります。その海上を手漕ぎの

舟で行くのですから、不安と苦労がついてまわります。長い航海が、今まさに終わろうとして

いる時の歌です。「ようやく生駒山が見えたぞ。もうあと少しで大和の國だ。それにしても、

随分長い船旅だったことよ。都から遠く離れた田舎から舟に乗って、どれだけになるかなあ!

毎日毎日、生駒山の姿を探し求めたが、これでやっと都に帰れる」無事であった喜び、懐かしい

故郷を目にした安堵感のあふれた歌です。明石海峡は、昔から潮の流れの速いことで知られて

います。時速10キロだそうです。「なんだ10キロか」などと思わないで下さい。自動車で走るの

ではなく潮が流れるんです。古代、平城京と難波をつなぐ直線の最短コースの中程、生駒山鞍

部に 暗峠(くらやみとうげ)があります。その峠から南に数十分のところに大阪湾を一望出来る

場所があり、そこ(大和島)から播磨平野に入る落日を撮りました。万葉時代は大気汚染もなく、

明石の門より懐かしの大和島が鮮明に見えた事でしょう。

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