この歌の花は、アミガサユリだという

    時ときの 花は咲けれども 何すれど 母とふ花の 咲きでこずけむ

               防人 丈部真麿(はせべのままろ)  巻20‐4323

四季の移り変わりにつけて、季節季節の花は咲くけれど、どうして母という花

は咲き出ないであろうか。

咲きでる花に、別れて久しいまぶたの母を求める幼稚な着想が、少年の防人

らしい作者をありありと思い描かせる。どうして母なる花が咲き出ないのかと

いう疑い方に、純情で真実な気分があふれていてあわれ深い。

遠江国(とおとうみ)の国 山名郡(今の静岡県磐田郡)出身の若き防人の歌で

防人というのは、崎守の意味で、古代の中国や朝鮮からの航路にあたる崎々

に配置された者のこと。英訳によると国境警備隊とあり、中国や朝鮮からの侵

入に対して取られた処置である、防人は初見は645年で、以後平安時代中期

までつづく。配置された場所は対馬を初め、北九州の沿岸一帯であり、有事に

際しては山々の高所にあるのろしだいで烽火をあげ、それをみて次々に伝令し

太宰府にいたる仕組みになっている。おもに東国(現在の静岡以東北関東)の

農民を防人にあて、ときおり地元九州の者をあてたにすぎなかった。

平時、3000人が配置につき、任期は正味3年で、出身地より集合地の摂津

(現大阪)まではすべて自己負担で、帰路も摂津からあとは同様であった。

これら防人が歌った作品が防人歌で、万葉集巻14と20に合わせて80余集あ

アミガサユリ  早春に開花します。中国生まれの帰化植物です。アミガサユリの

名前は花の内側にある網の様な模様から、「編み笠」を連想してつけられたもの

です。別名をバイモと言う中国名の「母貝」を音読したものです。鱗茎が貝を寄せ

集めたようで、気管支炎等に効果がみられるとのことです。     万葉植物園にて撮影

防人の歌 

道の辺の 荊(うまら)の未(うれ)に 這(は)ほ豆の からまる君を 別れか行かむ  


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