

奈良市 磐姫皇后御陵 かきつばた
| かくばかり 恋ひつつあらずは 高山の 磐根いわねし枕まきて 死なましものを こんなに恋い焦がれてばかりいないで、いっそのことお迎えに行こうかしら……. 途中でのたれ死にしたっていいから…… やきもちの代表のようにいわれている磐姫皇后の歌です.磐姫が待ちに待ってい るのは、ご主人の仁徳天皇です.磐姫は皇后ですから、当然正妻です.ところが、 ご主人の仁徳天皇は八田皇女が好きになり、ちっとも帰ってきてはもらえません. そこでやむなく別居にふみきりますが恋しさはつのるばかりです.迎えに行きたい、 そして逢いたい気持ちでいっぱいですが、プライドが許さなかったのでしょうか.心 の中の思いと行動とが相反するのが女心でもあるようですね.古代の天皇が、多 くの女性を宮廷に入れることは、ごくあたりまえでした.たとえ皇后であっても、そ れは黙認せざるを得ないことです.あの持統天皇も讃良皇女と呼ばれていた頃、 姉の太田皇女といっしょに大海皇子(天武天皇)の奥さんの一人でした.じっと我 慢の子「」であることは、皇后たるための必須条件の一つだったようですね.まして や、天皇を独占するなどということは考えらりません.ところが、磐姫皇后は違いま した.仁徳天皇が「八田皇女を妃にしたいが……」と相談されても、絶対いやです の一点ばりです.現在ならば磐姫の意見が通るところですが、古代は違います. 仁徳天皇は、皇后の留守の間に八田皇女を宮中に迎え入れます.気の強い潔癖 な磐姫は、我慢が出来ません.「八田皇女とお別れくださらなければ、わたしが出 て行きます」と山城の筒城宮つつきのみやへこもってしまいます.仁徳天皇は何度も 帰ってくるようにとお迎えを出されますが、磐姫皇后は帰ろうとしません.自分一人 の天皇ではないからです.嫉妬深い女性の代名詞のようにいわれる磐姫皇后です が、古代でも現在でも、女性の男性に対する恋心の本当の姿が、この磐姫にある ような気がしますが、如何でしょうか. 「わたしの万葉」 犬養 孝より |