衾道を登りつめると後方の引手の山(竜王山)の麓にたどる
          継体皇后手白香妃の衾田陵
衾道ふすまぢを 引手ひきての山に 妹いもを置きて 山路を行けば 生けりともなし

                                  柿本人麻呂 巻2‐212


引手の山に妻を置いて、寂しい山道をたどると、とても自分が生きているとは思え

ない.
                                  

山の辺の道は、いつも華やかで楽しい感じのする道ですが、万葉の昔、人麻呂は多

分この山の辺の道を肩を落とし、涙にくれながら歩いたことでしょう.最愛の妻が死ん

でしまいました.たとえ死んでも、いつまでも一緒にいたかったのですが、どうにもなり

ません.死ぬことは別れることです.止むを得ないとはいえ、最愛の妻が荼毘だびに付

されるのを見なければならない人麻呂、そしてその妻を山に残して帰らなければならな

い人麻呂……….何も考えることが出来ない放心状態です.ただ一人とぼとぼと山を

おりる柿本人麻呂……….そこには寒々として鳥肌立つような日暮れの山の辺の道が

のびています.男でも女でも、一番大切な人が自分の前から消えてしまえば、うろたえ

おろおろするばかりです.この世の人でなくなったとなれば、それどころではありません

悲しいなどという言葉だけでは、とても言い表せない異常な状態になるのではないでしょ

うか.                                  犬養 孝著「わたしの万葉」より

また、人麻呂の妻の死といえば、かの橿原の軽の妻の挽歌があった.今の妻の死や

その挽歌とどうかかわるのか、謎の歌人、人麻呂.今それも詮索することは複雑すぎる.

天飛ぶや 軽の路は 吾妹子が 里にしあらば ねもころに 見まく欲しけど やまず行

かば 人目を多み 数多く行かば 人知りぬべみ
………… 巻2‐207

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