衾田道から家路への道 後方二上山

衾路(ふすまじ)を引手(ひきて)の山に妹(いも)を置きて 山路を行けば 生けるともなし

穴師の妻のところへ通うときにいつも見ていた引手の山なのに、こんなに悲しい思いで眺

めなければならないなんて…あれほど元気だった妻は、もうこの世にいないんだ!

あんなに楽しかった道が今では地獄への道のように怖くて寂しくて、生きる気力もなくなっ

てしまった。人の命の、なんとはかなく侘びしいものであろうか!

人麻呂が青春のすべてをかけて愛した妻は、引手の山(龍王山)に葬られた。当時として

めずらしい火葬であったと言われています。愛する妻が荼毘(だび)に付されて天に昇って

いく。その煙を見ながら人麻呂は生きた心持ちもしなかったであろう。

天理市の中山町と萱生(かよう)の集落が接する東に巨大な古墳の森が横たわっていま

す。全長220メートルにおよぶご陵は、越の國から来て皇位を継承した継体天皇の皇后

手白香(たしらか)皇女の「衾田陵」です。二人のあいだに生まれたみ子が欽明天皇。

人麻呂が「ふすま路」と詠んだのは、このあたりの野道の名で、東方に迫る龍王山が

引手の山です。引手の山から家路につくとはるか彼方に二上山がうつすらとそびえて見え

この景色は人麻呂が砂をも噛む思いで、見つめたのと今も同じ情景でしょう。

付近は柿畑が多い。里人に尋ねると昔はお蚕さんを飼っていてその餌の桑畑が今、柿や

桃や蜜柑畑に変身したとの事で、山辺の道を散策すると、こうした果実園が多いのがやっ

と理解できた。

衾路(ふすまじ)を引手(ひきて)の山に妹(いも)を置きて 山路を行けば 生けるともなし

巻順1〜5巻

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