二上山 山麓 当麻寺近く馬酔木と 山ツツジ

磯の上に 生ふる馬酔木(あしび)を 手(た)折らめど 見すべき君が ありといはなくに

磯のあたりに咲いている馬酔木を手折ろうと思いますけれども、手折ったとて、お見せす

る皇子は、もはやこの世には、おれらませんのに。 今は、生きてはいないことよ。!!

作者の父は天武天皇。母は天智天皇の娘 太田皇女であり、同母の弟が大津皇子です。

天武死去の後、権力を手にした持統女帝にとって文武に優れた大津皇子は目ざわりな

存在であったのでしょう。朱鳥元年(686)10月、皇子は死を命じられる。時に24才。

その翌年11月、長年の伊勢斎宮奉仕から帰京した大伯皇女であったが、愛する弟は既

にこの世の人ではなかった。あきらめきれない悔しさを訴える気持ちが底にあるような気

がします。

万葉集に歌われた植物のうちでも、可憐清楚なこの馬酔木の花をしのぐものはない。

それにもかかわらず、口にすれば馬もしびれ酔わすという。骨肉の弟を奪われた大伯皇女

の複雑な心境を鮮烈に過ぎるほど象徴する花である。
巻1〜5
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