若草山 中腹より 東大寺遠望
       春は萌え 夏は緑に 紅(くれない)の 斑(まだら)に見ゆる 秋の山かも
                                   
    作者不詳  巻10‐2177

春は木々がいっせいに芽ぶき、夏には一面の新緑だったが、今は紅が濃淡さまざまな模様を描き出している。すばらしい秋山だ!!
上野誠著  「みんなの万葉集」 響きあう「こころ」と「ことば」より
「春は萌え」は、春の草萌える様子のこと、草木が芽吹いていく様子を、炎が燃え上がるようだと表現していてる。つまり「草萌ゆる春」というわけである。夏はその山の緑がだんだん濃くなってゆく季節。そして、紅のまだらに見える秋の山とは紅葉のことである。そうすると、この歌が歌われた季節はいつか、それは、秋である。本人の目の前にあるのは紅がまだらに見える秋の山である。眼前の光景を見て、それから、目をつぶって春は萌え夏は緑に………と回想しているのである。映像的な歌といえるだろう。映画なら秋のカットが映り、次に春の景色が映し出され、そしてそれがだんだん変わり、夏の景色となる。そして最後は紅葉になる。私が映画監督なら、ここでカメラを引いていって、今この山を見ている作者を写し出すだろう。一見、何でもないような歌だが、四季の移ろいが一首の中に歌われているおもしろい歌ではないかと思う。この歌を読むといつも思い出す山がある。それは、私の研究室から見える奈良の若草山である。若草山は、毎年1月に山焼きが行われる。山焼きが終わった若草山は真っ黒。それから草が新芽が出てきて、黒からだんだんと緑色になり、夏になると緑が眼にしみる。そしてその後、その草が枯れてくる。すすきの若草山もまたいい。だから、この若草山を少ししゃれた言い方で、五色山と言うことがある。五色の彩をもった山ということである。このように1つの場所で様々な季節の色を日本人は楽しむ。そしてそれを歌の中に詠み込んでまた楽しむ。かえりみて
,この歌は複数の色を一首の31文字の中に織り込み、そしてそれを映像として私達に見せてくれるのである。つまり、これは心の眼で見た歌なのである。かって、ある方から「お茶室にかける万葉歌を1つ選んでほしいのですが…」という依頼をうけたことがある。わたしはその時この歌を推薦した。それぞれの季節をそれぞれの季節に楽しむということがお茶の世界でも大切だろう、とわたしなりに思ったからである。


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