卯の花の 咲くとはなしに ある人に 恋ひや渡らむ 片思にして 

                            作者不詳  巻10‐1989  

初夏の若緑の中に、ほのかな小さい花をつけて咲く卯の花―――その花が咲くともなく

咲かぬでもないように、恋心を表わさない人に、私は片思いをし、恋いつづけるのか。

やさしく美しい片思いの歌では坂上郎女の「夏の野の 繁みに咲ける姫百合の 知らえぬ

恋は苦しきものを」 と肩並べるような作品です。「咲くとはなしにある人」とはどんな人

なのか、これについては、いろいろの説がある。まだ恋を思うほどでない若い人。恋心

があるのかどうかまだはっきりせず、自分に心を開いてくれない人、私は歌の雰囲気

からして、2番目の説のほうがふさわしいと思うのだけれど。ともあれ、「恋ひや渡らむ」

とさっと言ってしまってから「片思いにして」と付け加える息づかいのみごとさ。「万葉」

には、こうした歌がじつに多い。そのため、ごく月並みだと思われがちだが、やはりこの

息づかいは「万葉」独特の世界である。「古今」「新古今」ではもう雰囲気が変わってしま

っている。近代の短歌にはこれと似た歌い口のものがいくつかあるが、言ってみれば、

これは「万葉」の焼き直し、まねにすぎない。そうしてみると、ごく月並みと思われている

この歌も、じつはそうではなくてむずかしくいえば、ありきたりの「類型」ではなくて、ひとつ

の「典型」を作りあげているのだ。もちろん、この歌一つがすぐれているというのではない

が、これを含めた「万葉」の中には、日本の愛の詩の原型ともいうべきものが形づかれて

いるのであるろ                             永井路子 万葉恋歌より記載

                   ―― 卯の花 (ウツギ) ――

山野に自生するほか、生け垣や畑の境界などにも植えられています。幹が空洞になっている

ので「空木」ウツギといい、陰暦4月、卯月に咲くのでウノハナともいいます、純白の花は初夏

の訪れを告げ、開花のころ飛来するホトトギスとともに万葉集に数多く詠まれています。豆腐

の絞りかすを卯の花といいますが、花が散り、積もった様子に似ているからです。
            

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卯の花 ウツギ