巨勢寺 塔心礎 つらつら椿

   このページは万葉学者猪股静彌先生の「恋のうた 花のうた」の連載を転記させて頂きました。

『古代、椿は霊力の宿る聖なる樹でありました。万葉集には大和の神の山、三輪山は人々が大切

に崇める山で、頂きに椿の花が咲くと歌われています。次の歌は奈良県御所市古瀬で詠まれた

首です

    
巨勢山(こせやま)の つらつら椿 つらつらに 見つつ偲はな 巨勢の春野を

万葉歌は702年(大宝元)9月、すでに皇位を孫の文武天皇にゆずった先帝、持統天皇が紀伊の

白浜に行幸した時、行幸に従った坂門人足の詠んだ一首です。都の藤原京から紀伊に往還する

道中の聖なる神の山。巨勢山に茂るつばき。そのつばきも聖なる霊力の宿る聖樹です。

「つらつら椿」はどうな意味の歌語でしょうか。現代人が知りたい言葉の意味はないのです。「つら

つら椿」「つらつら椿」と繰りりかえし呼びかけることで、椿の霊力は旺んにし、発揚するのです。発揚

した霊力が人間に感染するのです古代の人々は山川草木すべてに霊力が宿ると信じていたのです。

万葉びととつばきが交信するときのまじないの言葉であったのです。坂門人足は、つばきの霊力を旺

んにし、何を願ったのか。持統太上天皇の健康と長寿を念じて巨勢山のつばきに呼びかけたのです。

春の巨勢野を思いながら、太上天皇の長寿を念じたのです。天皇は紀伊行幸の翌年12月藤原京で

58年の生涯を閉じました。歌の巨勢山(296メートル)は吉野口の西方に美しい円錐形の姿を見せる

神の山です。古代の豪族。巨勢氏の建立した巨勢寺の繁栄を物語って、巨大な塔心礎が埋まってい

す。まる柱を建てた彫りは、直径89センチ。まん中の仏舎利孔の直径が13センチ。深さ5センチです。

仏舎利孔は三重の円弧にかこまれ、外円にしたたり溜った水は、石の外に流れ出す仕掛けの導水孔

がうがたれてあります。古代の塔心礎では類例のない見事な礎石です。    

             尚、載せてあります写真は上記猪股静彌先生の連載に採用頂きました。

巻順1〜巻5

トップージ