三輪山麓 山辺の道 右上中程の歌碑にはこの詠が刻まれている

      十市皇女の薨ぜし時に、高市皇子尊の作うす歌三首(内一首)   

三輪山の 山辺やまへまそ木綿ふゆ 短木綿みじかふゆかくのみゆゑに

                 長くと思ひき

三輪山の山辺の麻木綿が短いように、あなたとわたしの逢っている時間

はとても短いものであったのに. 私は末永く続くものだと思っていたよ. 

皇女の突然の死を嘆いている.

十市皇女は、額田王の娘で、父は大海皇子(天武天皇).「壬申の乱」で

吉野方(大海皇子)に攻撃されて敗死した大友皇子(天智天皇の長子)の

妃でしたが、内乱平定後は、父のところ(飛鳥)に帰ってきていました.

作者の高市皇子は、天武天皇の長子で、壬申の乱の折は、若年ながら吉

野の総指揮官として、味方を勝利に導いています.その皇子には正妻があ

りましたが、飛鳥に帰った十市皇女には、特別に熱い恋心を抱いていたよ

うです.ですから、十市皇女が、天武7年4月、父、天武が、天神地祇祭祀

の目的で斎宮に行幸しょうとしたその折り、にわかに病がおこって宮中にて

急逝した時、その悲しみにたえかねて詠まれた歌3首の内1首がこの歌です

木綿は麻や楮こうぞの繊維で作った糸のこと、神祭りの榊さかきの枝に垂しで

として付ける.

山吹きの 立ちよそひたる 山清水 汲みに行かめど 道の知らなく

                              高市皇子 巻2−158


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