川流れ時々日記

流れ流され書いていきます

十月三十一日 馬肥ゆる
 違う方向

 今朝出勤途中、バイクでカーブを曲がろうとしたらタイヤが滑った
 見てみると空気が抜けている、パンクだ
 何とかなじみのバイク屋までバイクを持っていき、そこから駅まで歩くことにした
 完全に遅刻するだろう、腹をくくってのんびり進んだ
 いつもはバイクでばいーんと進む街中だが、歩いてみるとやはり空気が違う
 河を海に向かうタグボートがいたり、どこかのうちの庭に奇麗な花が咲いていたり
 なんとも得した気分になった、いい朝だった
 結局、遅刻したんですけどね

十月三十日 やっぱり高い
 紺色

 何度も書いているが寒くなると空気が澄んで遠くが見える
 夜が早めに来るようになってきたので、仕事から変える頃にはもう日が暮れている
 途中でふ、と空を見上げた
 夜になりきるほんの少し前なのか、ふかいふかい紺色の部分があった
 心が落ち着く、空はいい

十月二十九日 あきうらら
 秋味

 秋の味覚が安くなっている
 秋刀魚も安かったが今日は茄子を買ってきた
 何を作ろうかと迷ったが茄子のミートスパゲティにした
 うまかった
 明日は焼き茄子を食べよう、酒がうまそうだなぁ
 やっぱり季節のものはおいしい、食事が美味いと一日に三回幸せが来る
 今夜も幸せだ

十月二十七日 高い空
 準備

 十一月のイベントが近づいてきた
 品川のフリーマーケットとストリートフェスティバルIN静岡
 今は品川に間に合わせたいモノ(今日はかんざし)の作成に忙しい
 この急な流れを乗り切ったら少しゆったりのんびりしようと思う
 心と体が求めているゆったりとした流れに、身をゆだねよう
  たのしみだ

十月二十六日 寒さの中の心地よいぬくもり
 昨日のこと

 昨日、神楽の笛を聞いてきた
 竹でできた笛で和を奏でるのだが、まずはじめに悪魔祓いの山締めを吹き、次に神迎えの言葉が唱えられ、その後神楽に関する笛が吹かれ、最後に神送りの言葉(歌?)が唱えられた
 演者は北澤勝磨さん、翁の面で登場し、今夜は孫が笛を吹きます、と言われて面を取られる
 簡単な説明の後、演奏が始まった
 流れ出た音に感じたのは和の感触、目を閉じて聞いてみると浮かぶのは深い、深い、山の森の風景
 涙が出た
 その音を聞いただけで日本の森が浮かんできた、そして神迎えの言葉で神事を行う森の中が浮かび、楽しげな神楽の笛で神に収める楽しげな舞が浮かぶ
 どれひとつとってもすばらしかった
 小さな頃から祭りのお囃子には親しんできた、自分でも吹いたものだ
 そんな事があったせいかもしれないが、すんと心に染み入った
 すごかった、いいものが作りたいと思った

十月二十四日 バイクだと肌寒い
 ちょっとした幸せ

 バイクに乗って帰ろうとしたら、くるっと輪になった紙がバイクについていた
 なんだろう、と広げるとたった一言の手紙だった
 これをつけた人はこの一言を伝えるためにわざわざここまで来て、こちらの顔も見ずに去っていったのだ
 なんとも優雅ないたずらだ、それを想像すると楽しくなってしまう
 それだけのことで、帰りは幸せいっぱいでした

十月二十二日 朝から雨リズム
 雨の花々

 バイクで通勤している、雨の日もそうだ
 到着すると駐輪場に入れるのだが、少しのスロープを下って半地下の駐輪場にばいーんと停めに行く
 他にも出入口があるのだが、ついついこのスロープから出入りしてしまう
 今日仕事が終わってからもこのスロープから半地下に降りた
 スロープの上からふっと見て、花が咲いてるみたいにきれいな色彩があった
 合羽がいっぱいバイクの上に干してあって、いろんな色で
 普段は奇麗だなんて思わないのに、いつもは殺風景なそこで見るその色彩がとても奇麗に見えた、上から見たからまた良かった
 雨の日に咲く花があった、ちょっと得した気分

十月二十一日 降るの?降らないの?
 気の持ちよう

 仕事のときに時計を見て、もう三時かぁ、とつぶやくと、まだ三時じゃん、といつも言う同僚がいる
 時間以外にもモノの感じ方ってその人の気持ち次第だと思う
 幸せをいっぱい感じられる人と感じられない人だったら、感じられる人の方が人生楽しく生きられるんじゃないだろうか
 見方によって、楽しいことっていっぱい転がってたりする
 幸せになるのって、気の持ち方しだいかなぁ 、意外と簡単かも

十月二十日 帳が足早になってきた
 好きな神様

 日本の神様が好きだ
 絶対神ではなく、もそもそといっぱいいて、何気ないこととかのためにがんばっている八百万の神々が好きだ
 あまり詳しいわけではないがふとしたときに、ここに神様がいるのかなぁ、これは神様のしわざかなぁ、と思ってしまう
 そんななかでも一番好きなのは便所の神様だ
 絵本なんかにも出てきたりする、親しみ深い(?)神様だと思う
 昔の便所は水洗ではなく穴が開いていたわけだが、そこから手を伸ばしてお尻をなでたりする、はっきり言っていたずら小僧並みだろう
 でも、そんなところが親しみを持ててにこり、としてしまう
 そんな神様がいる日本の文化が好きだ
 のんびりしてて、いいじゃないですか

十月十九日 富士山がきれいに見える
 大きな曲線

 海辺でのフリマに出た、清水の港である
 昨日が雨だったので空気中のほこりが落ちていて遠くまで良く見えた
 季節は冬に向かっている、空気が乾燥している、 視線をさえぎるものが少なくなっている、 まるで目が良くなったようになっていく、美しい季節だ
 フリマの会場から大きな富士山が見えた
 はっきり、きれいな、美しい曲線
 見るたびに、日本人に生まれて良かったなぁ、と思ってしまう

十月十八日 布団が友達
 和の美しさ

 今日Jellyさんが出ている遠州横須賀街道ちっちゃな文化展を見てきた
 いろいろな作家さんが出展していて街道の途中にある民家にそれぞれ展示をしていた
 街道を歩いていくと行灯が家の前にあり、そのなんともない民家の中にいろんな作品が展示してあるのだ、なんとも素敵だった
 この文化展で一番すてきな所は街中を利用しての展示、というところだと思う
 古い町並みなのでとても美しい和の建物、昭和の建物の中にアートがある
 その建物と美しく融合しているアートもあれば、建物の和に押し負けているものもあった気がする
 作品より建物に目が行ってしまうこともありました、すみません
 夜の雰囲気などもすてきでした、麩菓子もおいしかったですよ

十月十六日 肌が粟立つ
 見てみたい青

 中国の有人宇宙飛行が成功したそうだ
 小さい頃になりたいものがいろいろあったが、その中に宇宙飛行士があった
 高校の頃は本気でNASDAの宇宙飛行士募集要項を取り寄せたりした
 宇宙に行きたい理由があったのだ
 地球を宇宙から見ること
 人の人生観をも変えてしまうという青い青い星をぜひ見てみたかった
 今でも見たい、ぜひにも
 もうひとつ見たい星がある、海王星だ
 この星もびっくりするくらいきれいな青だ、一目惚れしてしまったくらい
 いつか、見に行きたい

十月十五日 目が良く見える
 見惚れる

 毎日帰る途中に陸橋の上を通る
 昨日まで雨が降っていたせいかと〜くの方までくっきりと景色が見えた、まるで目が良くなったみたいだ
 今日は遠くの雲がくっきり見えた、青い岩のような雲
 時間は灯灯し頃、空は淡い桃色に染まっていた、静かな夕焼け、遠くの雲とのコントラストがとてもきれいだった
 夕焼けは好きだ、今日も運転中だけど見惚れてしまった、ちょっと危ない
 でも、見惚れた
 見惚れないなんてもったいない事、できないなぁ

十月十四日 今日はコップにつまずいた人
 湧言の葉

 日記を始めてから書きたいことが湧いてくる
 昔考えたこと、今感じたこと、これからしたいこと
 書きたいことが多すぎて毎日迷ってしまう、毎日書いてしまう、時々の予定だったのに
 けっこう、楽しい

十月十三日 雲の上でバケツにつまずいた人アリ
 季節が降る

 富士山の方から帰ってきた
 ずっと秋じゃなかったのに山ひとつ越えると赤い葉っぱの秋があったりしてなんだかキレイで不思議だった
 空気が変わると季節も変わる
 まるで 寒くなると雪が降るみたいに季節が降ってきたみたいだった
 今降っているのは秋、さらに空気が冷えると冬、暖かくなっていけば春、夏と続く
 季節前線ですね

十月十日 秋の空気
 秋色になろう

 明日から富士山西側朝霧高原にあるまかいの牧場方面に向かう
 収穫祭の中にフリーマーケットがあるのでそこに出店してくる
 名前を売りに行くのだ
 山の近くに行く、きっと秋はもっと深いだろうなぁ、秋の雰囲気をいっぱい吸いに行ってきます、明日は早起きだ

十月八日 秋の上着を着る
 んで、るいるいでにこり

 花とアリス、結局第三部まで見てしまった
 懐かしい空気、切ない空気、優しい空気
 どきどきとしんしんとじんじんの後はるいるいがきました、そして最後に、にこり
 こういうの、好きだなぁ

十月七日 秋が深まる
 どきどきとしんしんとじんじん

 前から見たかった”花とアリス”(KitkatのNetMovie)を見た、第一部だけだけど
 なにげない、なにげな〜いカンジ、わかるわかる、とか、あったあった、とか、ほっ、とかそういうのがいっぱいつまってて宝箱みたいでした
 印象は、どきどきとしんしんとじんじん
 どんなものでも賛否両論あると思いますが、ぼくは、好きです
 第二部以降は今後の楽しみに取っておこうと思いました

十月六日 ちょっと寒い
 変わること変わらないこと

 実家で兄貴の神前結婚式と秋祭りがあった
 日本を感じるイベントばかりであって、今の自分にとっては勉強になる気がした
 日本的な色彩や雰囲気、自分の感じる気持ちなど見るべきところはたくさんあった
 中でも神前結婚式であった舞の衣装の色彩は美しく、見とれていたために舞の内容をまったく覚えていないくらいだ
 祭りでは今まで何度も参加してきたのに新たに発見するものがいくつもあった
 人は変化する
 でも、変化しない自分もいたりしてちょっと嬉しかったりもしたんですけどね

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