ふぇんりる 製作
2007年〜2008年にかけて、日本語圏インターネットのオタク界隈で特に話題となった「萌え属性」がありました。
「ヤンデレ」
可愛らしい二次元美少女、”萌えキャラ”たちが、嫉妬に身を焦がして「病む」ことに魅力を見いだすというその観点はあっという間に話題をさらいっていきました。当初は過去の作品から「ヤンデレ」の類型に当てはまるキャラクターを探してくるだけだったのが、2008年頃からは企画段階から「ヤンデレ」を作品の主軸に据えて発売前の宣伝でも積極的に前に出していく作品が表れます。
この「ツンデレでヤンデレな幼馴染 小鳥遊双葉さんとHなことをするゲーム」もそんな作品たちの中の一つ。
そして、あの頃から数年。
ふと思い立ち、「ヤンデレ」をコンセプトにしたエロゲーを全部プレイしてみようと思った俺が最初に選んだのはこの作品でした。
理由はただ、タイトルが長くて特徴的だったから覚えていたというたったそれだけのこと。どうせ決まり切ったテンプレートの塊のような、工夫のない「ヤンデレ」キャラクターが出てくるだけの作品だとすら思っていました。
さて、その実際は?
というわけで、「ツンデレでヤンデレな幼馴染 小鳥遊双葉さんとHなことをするゲーム」レビューです。しかしこれ、長すぎる上になんの工夫もないタイトルだな。タイトルでわかりやすく説明するにしても限度ってものがあるんじゃないのか。
舞台は関東圏のとある田舎町。
メインヒロイン 小鳥遊双葉は田舎町の公立校・鉢ヶ谷学園に通う、頭脳明晰、スポーツ万能で性格も明るい学園の人気者。
対して主人公 葵ミチルは何をやっても平凡。いつも双葉の周囲をうろちょろしている男の子。
そんな二人の関係は、生まれる前から定められていた許婚。
トロトロしているミチルに対し、双葉は凄まじいまでの傍若無人っぷりを発揮。いつも辛く厳しい試練を与えるのだった。
ミステリアスな転校生・烏丸ヒナコ、優しい保険医・湯島千鳥らを交え、学園や町、自宅で繰り広げられるハチャメチャでHな騒動の数々。
そんな中でツンデレだと思っていた双葉に、実はヤンデレ属性があることが判明。
果たして間のトライアングルに巻き込まれたミチルは無事生き延びることが出来るのか?
それはプレイしてのお楽しみ
(公式サイトより引用 一部改変)
とりあえず一言。
神社の社殿はラブホテルじゃねーから!!
とてもよく出来てはいるのだけれど、その方向性そのものがずれているといいますか。正直なところ予想とまったく違う方向の作品でプレイ開始当初はかなり戸惑いました。
内容としてはいわゆるところの「抜きゲー」 Hシーンを主軸においたエロゲーです。「ツンデレでヤンデレな幼馴染 小鳥遊双葉さんとHなことをするゲーム」というタイトルはまったく過不足なく作品の本質を表しており、物語の内容はこれ以上でもこれ以下でもありません。
タイトルにも名前が使われている小鳥遊双葉──主人公の幼なじみにして本作のメインヒロイン──の造形からして手垢にまみれた安定感きわまるもの。吊り目で赤色ロングツインテール、声優は青山ゆかりでニーソックスと縞パン着用。ここまで来たらなぜ髪色が金髪でないのか不思議に思うレベルです。
幼い頃からの許嫁である主人公を理不尽な言動で振り回して時には暴力をふるう。まさに安定した「ツン」を見せてくれます。
しかしそこは抜きゲー、開始1時間くらいで主人公と双葉は結ばれてしまいます。ちなみにここ、理由がすごくて酔った勢い ひどい。
そんな高速で「デレ」てしまったらツンデレである意味がないだろう、拍子抜けだと思う向きもありましょう。だが違うのだよ。本作の真価はここから。
この小鳥遊双葉さん、主人公と想いが通じて結ばれた翌朝どうなるかと言えば……
「なによそれ。1回Hしたくらいで彼氏面して保護者気取り?」(思いっきりさげすんだ目で) おおう……
なんかもう既に数年付き合ったカップル感が漂ってるんですよ。もうおまえら早く結婚しろよ!! とプレイ中ずっと思ってました。実際、メインである双葉ルートエンディングでは結婚の約束をしてますし。
「気の強い娘が彼氏を尻に敷いたカップル」描写としての精度が半端じゃなく高いです。
主人公とは物心ついた頃からの幼なじみで、生まれたときからの許嫁 というのをちょっとした会話だけで描写しきっています。そうしてみると双葉の暴言や暴力も、本当にクリティカルなところには踏み込んでこない「幼なじみの気安さ」の表現のようにとれるのです。
……まあ、これも双葉に対して異常に許容範囲が広い主人公の人徳のなせる技なのかもしれませんけど。
昼食のために買ってきたカップラーメンやパンを双葉に勝手に食べられて代わりに双葉から弁当の中の嫌いな野菜を交換と称して押しつけられても平然としているのは面食らいました。自分の行動を事細かに双葉に監視されていると知り、部屋に盗聴器やカメラを仕掛けられているのかも……とちょっと疑ってもそれ以上何もしないですからね、この主人公
作中のほとんどは双葉とのHシーンで(タイトル通りですね)、ストーリーなどほとんどあってないようなもの。しかしそれらのシーンがなんか妙に生々しいというか、Hシーンがストーリーときっちり結びついているのは評価できるところです。そういったシーンを削除してもおおむね話がなり立ってしまう「シナリオゲー」(「抜きゲー」の対義としての)とは本作は違います。
と、「ツンデレな幼馴染みの恋人」描写についてはここまで手放しで褒めてきましたが、逆にぱっとしないのが「ヤンデレ」の面の描写。
「ヤンデレ」を完全に器質的な問題に回収してしまっているのはちょっとどうかと思うところでした。近親婚を繰り返してきた家系のため躁鬱の気質が極端に激しい、という一言で双葉の「ヤンデレ」性を処理してしまっているのはあまりにも安易すぎてびっくりしました。病気扱いかよ!!
双葉が心理的に追い込まれて「病む」シーンは多々あるものの、すぐに主人公が無限の包容力でもって仲直りセックスして解消 or なんか双葉が自分で納得して普通に戻っちゃったで終わりますからね。
双葉の目のハイライトが消え、音楽が緊迫したものになって「病み」キター!! と歓喜した俺の時間を返せよ!! 返せったら!!
主人公が双葉以外の女の子に手を出し、三角関係の修羅場が来る!! と期待して待っていたら知らない間に双葉とサブヒロインが和解して「三人で楽しくやりましょう」的雰囲気になって肩すかしを食らうし。俺の期待を返せよ!!
ちなみに、Hシーンの基本パターンが
双葉:メンタル的なバランスを崩した双葉をなだめる仲直りH
ヒナコ:電波発言で誘惑→主人公が流されてH
千鳥:酒を飲んで開放的になる→主人公が流されてH
でほぼ固定されてるあたりの安定感がやばい。たいして長い作品でないのに、1本のエロゲーの中で「酒に酔って開放的になる→主人公流されてH」を4回もやられるとさすがにどうかと思うよ。前述の通り、まず双葉との初体験からして酒の勢いだし。
本作の主人公。メインヒロイン双葉の許嫁かつ幼なじみ。
無限の許容力でもって双葉のどんな行為をも受け止める偉大な人。
神社の息子で将来は宮司を目指しているのに無神論者という妙な設定付き。しかもこの設定、きちんとバッドエンドっぽいルートで回収されるのが困る。いちいち芸が細かいな!!
基本的に「双葉が好き」と言うところからまったく心情がぶれないため、「ヤンデレ」を引き起こす主人公としてはまことに力不足。
主人公が双葉のことを好きな理由が「好きだから好き」とでも言うべき描写で、まったくなんの説明も裏付けもないのがなのがすごい。ゲーム開始当初からまるで空気を吸うかのように双葉のことが好きですからね、この男。
そしてエンドによっては双葉+サブヒロインから(H的な意味で)搾り取られ続ける人生を運命づけられる、羨ましいようなかわいそうなような人。腎虚で死ね!!
トロトロしているようで実は喧嘩も強い……というのは「高スペックなエロゲ主人公」の類型に収まりますけど、同年代の女の子の服を全部選んであげられるファッションセンスの持ち主(双葉の服を選んでいるのは主人公)というのは類を見ないかと。いつも双葉の買い物に付き合ってるからセンスが磨かれた、で説明になるのかそれ。
ちなみにとあるシーンでの双葉とのやりとりで、
双葉「アンタ、アタシが死んだら死ぬわけ?」
ミチル「あぁ、それは死ぬかも」(なんの躊躇もなく)
こいつ……できる……!!
「ツンデレでヤンデレな幼なじみ」を体現したような、本当にめんどくさい娘。……なんだけど、なぜかものすごく可愛く見える。
シナリオライターの腕もありますが、視点人物である主人公ミチルが双葉を好きすぎるというのが大きい気がします。
ヒナコの電波発言を平然とスルーして友人づきあいするあたりコミニュケーション能力が高いのか単なる鈍感なのか。
千鳥本人からいくらやめてと頼まれようが「千鳥おばちゃん」という呼称をやめなかったり、言葉の端々で千鳥を低く見ていることを隠さないあたり、もしかしたらだいぶ千鳥に対して含むものがあるのかもしれない。
自称魔法使いのミステリアスな転校生。まあ端的に言えば電波さん。
主人公の精を受ける(文字通りそのまんまの意味で)ことで魔力が回復(自称)して体調が良くなっていく、まことエロゲー的に都合の良い娘。
主人公がヒナコを自宅でもある神社に案内したら、ヒナコが謎の発作→汗を拭きたいので制服脱がせて欲しい→苦しいのでブラも外して欲しい→苦しいので胸をさすって→身体が火照ってきちゃった→双葉乱入 という流れで超ナチュラルに神社で主人公を前に半裸になったときは笑い死ぬかと思った。電波(ヒナコ)と素直すぎる奴(主人公)が組み合わさると果てしない高みへ上り詰めていくよ。
メイド服着用で魔法で主人公の自室にテレポートしてきたのは唐突すぎて最高に笑いました。もちろんそのあとはやることやっちゃいます。何考えているんだよ!!
あと、ヒナコと双葉の両方と主人公が致してしまい、これで修羅場が来た!!と思ったらヒナコが超能力的な力で「魂の記憶を伝える」とか言い出して双葉と一瞬で和解してしまったのはほんと拍子抜けでしたよ。そんなのあり?
双葉曰く「千鳥おばちゃん」 双葉の母の妹。主人公にとっては双葉と同じく幼い頃からのつきあい。
酒に酔って開放的になる→Hというパターンが多すぎだよ、おばちゃん。消毒用アルコールで酔って開放的になって主人公を誘惑してHするような保険医って、それじゃ身が持たないんじゃ無いのかな、おばちゃん。
千鳥と双葉、二人とも料理下手なのを「家計/遺伝」で片付けるのはどうかしてるよ、おばちゃん。前述の通り「ヤンデレ」も器質的な問題としてとらえて説明してしまうのも医療に関わるものとしてどうなのと思うよ、おばちゃん。
前述の通り、双葉から千鳥おばちゃんへの敬意があんまりないのが笑えます。なんか全体的に悪すぎる酒癖を理由に「困った人」扱いされている感が……
唯一双葉が完璧に「病む」ルートが存在するのも彼女がらみ。そのきっかけとしていきなり主人公が「昔から千鳥ちゃんのことが好きだった」とか言い出しますが、それまでの積み上げがないので唐突すぎて何ともついていけませんでした。
設定だけ見れば双葉との三角関係とそれに伴う「ヤンデレ」をかなり上手く書けそうではあるので、とても残念なところ。ヒナコ・千鳥ともに「浮気相手」にすらなれていないからなあ。
日常シーンにCGがまったく割り振られていないぶん、かなり表情が豊富な双葉の立ち絵がそれを補っています。さげすんだ表情や馬鹿にした表情、何かを企む表情など可愛らしいもの以外にも多くを割り振られているのが、そんな顔を見せるくらい主人公と気安い関係を気づけていることをよく表している……というのは言い過ぎでしょうか。
イベントCGの絵柄がちょっと安定していないものの、崩れているというほどではありません。
音楽は特筆すべきところなし。まったく記憶に残らなかったぜ。
必要最低限の機能は備えている……しかし、必要最低限すぎて褒められたものでもなし。
シーン改装モードに一度入ると抜ける手段が無い(既読スキップして飛ばすしか回想一覧に戻る手段が無い)とか、地味なところで使いづらいのが困る。
テキストウィンドウ右上に「右を向いた三角形」「右を向いた三角形+縦棒」のアイコンがあって、どちらがオートプレイでどちらが既読スキップなのかマニュアルに説明無いですしね。初回プレイ時、これらのアイコンがいったいどんな機能を持たされたものなのかわからなくてだいぶ困りました。
まあ、特にバグも動作不良も見当たらないので、それで十分とも言えますが……
至高のツンデレ幼馴染みゲー。そして、まったく不完全で不十分な「ヤンデレ」ゲー。
後付けとして「ヤンデレ」を付け加えたような不完全燃焼感が終始つきまとい、「ツンデレ」描写がなまじ上手く出来ている分かえって不満が高くなりました。
「気の強いツンデレ幼馴染み」の表現として相当に高レベルにあることは確かなので、「ヤンデレ」なんてタイトルに冠さず、ただのツンデレ幼馴染みゲーとしていたほうがないかと思ってしまいましたよ。