そらをみあげて想うこと

Blacklight 製作


むかしむかし、栄枯盛衰の激しいエロゲ業界のなかで「ロケットの夏」「しすたぁエンジェル」「らくえん 〜あいかわらずなぼく。の場合〜」等のマイナーな良作をリリースしながらも、やっぱりマイナーなので売れなくてそのまま潰れていったTerraLunarと言うブランドがありました。
「ロケットの夏」をきっかけにこの世界に入ったといっても過言ではない俺にとって、TerraLunarは初めての「好きなブランド」であり、その誕生から終焉までを看取った思い出深いブランドでもあります。

この「そらをみあげて想うこと」を発売したBlacklightはそんなTerraLunarの姉妹メーカー。
「ロケ夏」以来ご無沙汰になっていたSF系シナリオが、姉妹メーカーのこちらから出ると知ったときは「ロケ夏」の感動再びと感激したものでした。
とはいえ、結局のところ作品情報を調べてシナリオライター&原画家未公開なのとあまりの絵の酷さに購入意欲を挫かれてしまいましたが。

そして時は流れ、既にTerraLunar・Blacklight共に潰れてしまっていた2005年の夏。
ふと訪れた秋葉原の某ゲームショップで「そらを〜」と再会し、そこで手にとってしまったのは果たしてただ懐かしさのみのなせる業だったのでしょうか……




と、言うわけで「そらをみあげて想うこと」レビューです。
2005年の夏に買ったゲームを2006年の春(レビュー執筆は2006/5)にやってる事についてはノーコメントで。

<ストーリー>

2005年、地球の衛生軌道上に突然、人工天体が飛来した。

いったい何の目的で、誰が作り、どこからやってきたのかなど、一切は不明。
その天体は、立方体をしていることから『キューブ』と呼ばれることになった。
そしてキューブの飛来と時を同じくして、地上では俗に「能力」と呼ばれるものを持つ人間が出現するようになる。
物体への干渉や人の心への感応など「能力」の内容は人によって様々だったが、その発現にキューブが関係していることは明らかだった。
ただちに調査隊が組織されキューブへと赴いたが、そこに待っていたのは宇宙開発史上最悪の衛生軌道上での事故という拒絶だった。

そして、2015年。

南海の孤島『南津輝島』(みなみつきしま)に設けられた、キューブと「能力」を研究するための学園都市。
主人公の木ノ下耕平も、ほかの能力者と同じように「協力」という名目で、南津輝島の学園に入学した。
彼の力は「可能性拡大」
それは例えるなら、道を進んでいて二股にさしかかったとき、新たな第三の道(選択肢)を作ってしまうというような、途方もないものだった。
ただし、どんな道ができるかは、能力を発動した本人もわからないという、いささか厄介なしろものではあったが……。

学園での様々な出会いが、やがて自分たちの能力どころか、キューブそのものの謎に迫る切っ掛けになることを、耕平はまだ知らない。


すべてを謎に包んだまま、キューブは今も空に浮かんでいる……。

(オフィシャルサイトは閉鎖されているので紹介ページより引用)



一言で表現するならば超能力者学園ものとでも言いますか。
一風変わった「能力」を持つ主人公とヒロイン達の織り成す日常コメディの通常ルートと、そこで張られた伏線や謎を一気に解消するトゥルールート(?)という最近のエロゲでは良くある構成になっています。

上手く使いこなせない事による悩みから自分の存在価値について、強力な「能力」を持ってしまったゆえの周囲の期待にこたえられない苦しみまで、個々の登場人物が持つ「能力」を適度にお話と絡めているのはなかなか良いかと。

とはいえ、個々の出来事が「ゲーム内のイベント」としてぶつ切りになってしまっているかのような感のある構成はいまいちなところ。
主人公達のやり取りはコメディとしては大笑いとまでは行かないまでも寒くて見ていられないほどではないですし、超能力者学園ならではのイベントなどもあってそれなりに面白いのですからもう少し全体の流れと絡めて欲しかったです。


お話全体の「仕掛け」が明かされる某ルートも、そこまでの仕込みがほとんど見られないためあまりの急展開にただ驚くばかり。
お気楽学園生活から一転して「世界の真の姿」が明かされるというルートへという事自体には異論は無いとは言え、選択肢一つ選んだだけで「実は世界はこれこれこんな風に〜」と説明されてしまうのは流石にどうかと思います。
それ以外の学園生活のルートで感じた微妙な違和感やご都合主義すら「世界がそうなっているから」といって肯定してしまう力技っぷりはある意味面白かったですけど

そして黒幕の人のキャラ立ちが余りにも薄すぎ、どうしてそんな行為に及んだのかと言うのが上記の説明しかないので全く持って納得がいきません。
「こういう心理的背景があるから黒幕になった」と言うのが説明されても、該当人物の言動を見る限りそのそぶりがほとんど見られないため「説明」と「現実」が乖離する事はなはだしいです。
これが終盤がいまいち盛り上がらないものになってしまっている大きな原因かと思われます。



全体として「能力」「キューブ」といった設定や各ヒロインの個別ルートで伏線を張ってそれを最後で一気に解消というプロット自体はご都合主義な点は否めないものの、見るべきところはあると思います。
が、それを実際のお話に落とし込むところで大きく質が落ちてしまったという感じでした。

<キャラクター>

木ノ下 耕平

主人公。能力は「可能性拡大」(又の名を「波動関数の拡散」)
二者択一のような局面で、3つ目の選択肢を生み出してしまうという能力を持つ。
ただし、思い通りの選択肢を作れないところが最大の難点。


特筆するところのないエロゲ主人公。
成績は悪いがコンピューター関係にだけは強いと言う設定があり、一部ルートではそれを生かして活躍してくれます。
自らの「能力」を完全に使いこなし、ROLEという架空のプログラム言語を持ち出しそれを 「能力」使用時に使う事により望む世界の姿を規定するシーンは多分このゲーム屈指の燃えシーン。
…なんですが、「コンピューターに強いという設定」だけが存在してそれがお話にあまり生かされていないため、そういったスキルが必要となった途端に都合よくそれを身につけていることになっているように感じてしまいました。

以下ヒロイン達。並びは俺のクリア順かつ推奨クリア順です(今更このゲームをプレイする人はいないとは思いますが)

由布木 美鶴

主人公の幼馴染。能力は「他人の視覚情報への介入」
勉強もスポーツも得意な優等生なのだが、「能力」の優秀さを至上とする学園のなかでは自らの「能力」を使いこなせていないただの劣等生。


いちおうメインヒロインのはずなんですがいまいち影が薄い気が。
能力者としての自己実現がテーマの美鶴シナリオは「そらをみあげて想うこと」の世界への導入にもってこいだと思います。

十条時 沙奈

主人公のクラスメイト。能力は「自分で壊したものを直す」(又の名を「局所的なエントロピーの反転」)
明るく元気。とにかくにぎやか。ロリ。
遊び友達は多いが、深い付き合いの友人はいないタイプ。
主人公を兄のように慕う。


平和なだけの学園生活の裏で進む陰謀が暴かれるのはこの沙奈ルート。
一見何も考えていないではしゃいでいるようでいて実は陰のある性格と言うのはありがちかもしれませんが、仲良くなったからこそ見える顔とそれでも譲れない一線を上手く描けていたと思います。
キャラとしては一番好きかも知れません。

牧野 はづき

主人公のクラスメイト。能力は「同質量の物質の空間座標の交換」
口調も振る舞いもキツめなので気が強いと思われがちだが、本当はやさしい心根の持ち主。
「能力」の優秀さを至上のものとする学園内の風潮にすっかり染まっており、Sクラスである榛名 陸に心酔している。


能力至上主義のはびこる学園の風潮に染まりながらも、自らの能力はそれほど大したことがないという状況におけるコンプレックスの解消をはづきルートでは描きます。
能力者としての生き方をテーマにしているという点では美鶴ルートと並びますね。
そして実はかなりのM。おかげで主人公が彼女をいじめる事に目覚めてしまいまるで人が変わったかのようです。
野外とか言葉責めとか耕平君よ何処へ行こうというのだね。

「世界の真の姿」へと繋がる伏線が出てくるのもはづきルートから。

榛名 陸

優れた「能力」の持ち主が集められるSクラスに所属。能力は「慣性系運動の制御」
感情を表にほとんど表さず、いつも無表情な少女。美鶴の親友なので主人公は彼女を通して知り合うことになる。


陸ルートのみライターが違うのか、仲良くなっていく過程やらなにやらの描写が他ルートに比べて明らかに丁寧です。
他では無茶苦茶唐突なHシーンへの導入もまあまあ自然ですし。
(比較の問題ですけど)「そらを〜」の通常ルートの中で一番面白かったと思います。

また、はづきルート以上に「世界の真の姿」に繋がる伏線が多いのも特徴。
トゥルールートやる直前にやってよかったです。

それと余談ですがグラフィックがアレな事の弊害を一番受けているのが彼女。。
怒った陸の立ち絵は人外のものにしか見えませんでした。あれは酷い。

兵藤 さやか

主人公達の担任教師。以上。


説明しようにもそもそもほとんど登場しないので書くべき事がありません。
だのに選択肢一つでさやかルートに入り、いきなり「前から憧れていた」なんて主人公に言われてもやっているこっちとしては全くついていけなかったです。

<グラフィック・音楽>

俺はエロゲ/ギャルゲを買うに当たってそれほど絵を重視しないし、実のところ良し悪しを判断できるほどの知識や技量はないんですがいくらなんでもこれは酷すぎると思います。

そんな俺ですら絵を見て回避したのですから世の中一般のヲタの皆さんに関しては何をいわんや。
立ち絵とイベントCGが別人なのは当然として、原画がどうとか塗りがどうとか言う以前に根本的にダメな気がします。
スタッフロールを見ると作画監督・キャラクターデザイナーの下に複数の原画家が付いて作業を行っていたようなので、あのクオリティと絵柄のばらつきはその辺りから発生しているのかもしれません。
とはいえ稀に高水準なものもあるんですが、パッケージの美鶴のCGがこのゲームの中で一二を争うくらいアレなのは売る気が無いとしか思えません。


音楽はVo曲無しで30曲。まさに「普通のエロゲサウンド」としか言いようがありません。
流れていた事は覚えていますが、これを書いている現在メロディーが全く記憶に残っていない時点で推して知るべしと言う所です。

<システム>

特に変わったところのない普通のノベルゲームシステムです。
セーブデータに画面サムネイルも無くコメントも付けられないのでどれがどのシーンか判らなくなるのはマイナス。
ロードしてもそれ以前の文章履歴がたどれるのはクリアまでに3ヶ月近くかかった俺には話を思い返すのに便利でしたけど、一気呵成にやってしまうであろう普通のプレイヤーにとってはどうでもいいことですね。
共通シーンが前半だけでなく中盤まであるため毎回スキップを強いられるので、もう少し既読文章スキップは速くても良いかもしれません。

演出に関してはウィンドウ揺り動かしと立ち絵の移動くらいで大したことはなし。


しかし、最大の問題点はここから。
ストーリーの項で述べた「世界の真の姿が語られるルート」へ入るための選択肢が初回プレイ時から出現します。
そして何の制限も無くそこで該当選択肢を選べばそのルートへまっしぐら。

伏線の張り方にだいぶ問題があるとはいえ、あらかじめ他のルートをクリアしている事が前提となっている内容を初回からプレイできてしまうのは重大なバグといっても過言ではありません。
これ一つで大きく評価が落ちてしまいました。

(居ないとは思いますが)もしこれからプレイしようと言う人は必ず攻略サイトを参照してください。

<総括>

台詞の端々や商品紹介の記事などから推察するに、「能力」「キューブ」等についてかなりの設定があるようです。
作品内に頻出するSFネタや物理学ネタ(相対性理論についてガチで解説されるエロゲなんてはじめて見ました)等を見る限り、シナリオライターはそういった方面について知識のある方のようです。

しかし設定は存在するだけでは意味の無いものですし、知識もひけらかすだけでは何の役にも立たないもの。
このゲームにおいてそれらがお話を展開させていく上で意味をなしているとは余り思えません。
「こんな凄いゲームを作ってやろう!」という気迫みたいなものがあったのだろうな、とは感じるんですが物凄くそれが上滑りしてしまっている感があります。

ほんと、企画だけ見たら十分に良作と言える要素は持っているんだけどなぁ……