群青の空を越えて

light 製作


エロゲでは少ない「戦争もの」であるこの「群青の空を越えて」
もともとその手のお話が好きな上に、「関東vs関西で内戦」「筑波研究学園都市の市街地滑走路でグリペン運用」という分断日本ネタ&現代戦闘機が好きな俺の琴線に触れまくる設定に心惹かれ、発表当初からずっと気になっていました。

さらには俺が非常に気に入っている「僕と、僕らの夏」の早狩武志氏がライターだという事で完全に買い決定。

一見どこにでもあるような萌えエロゲな見かけのくせにやたら黒い話だった「僕と、僕らの夏」同様、これも一筋縄ではいかない話になると予想はしていましたが……

それでは、「群青の空を越えて」レビューです。

<ストーリー>

 微妙に異なる歴史を歩んできた近未来の架空日本。

 主人公の父親、萩野憲二は新時代の社会モデルとして、日本を政治的には分割し、経済的には逆に極東アジア全体を統合する『円経済圏構想』を提唱する。
 折からの地方分権熱と、変革に伴う経済効果を期待する勢力にも押され、議論のすえこの提案は受け入れられる。
そして日本は順調に新時代にふさわしい社会システムに移行し得たかに見えた。

 だが、新制度発足後間もなく、関東圏行政府は突然、これは旧来と同様の国家単位だとして独立を宣言する(直前に、萩野憲二は暗殺される)。
 あくまで、政治システムの分割に過ぎないと考えていた他地域は、激しくこれに反発した。

 関東の独立は、経済利益を目的とした一部政財界の私欲に満ちたものだったからである。

 利己的な独立を許すくらいなら、旧日本を維持すべきと関西・西日本を中心に指揮された機動隊・一部自衛隊が関東に進出。独立を阻止しようと、強権的な統治を開始する。

 これに対し、自由を制約された学生が反発、レジスタンス運動を開始する。東アジア団結を夢想する活動家の扇動、EU型大規模経済圏の成立を望む欧州の密かな軍事支援などもあり、その組織は急速に拡大した。
 主に学校単位で編成された予備生徒はやがて、武装蜂起して第一次独立闘争を開始する。
内戦への備えのなかった関西系自衛隊勢力は不意をつかれ敗走し、関東は独立状態を回復する。

 ……そのまま、戦況が膠着状態に陥って数年。戦闘は越境しゲリラ活動を行う一部のレンジャーと、国連停戦監視団の目を盗んで示威行為を行う双方戦闘機の間で交わされるのみになっていた。


そんな状況の中、主人公萩野 社は第一種飛行予備生徒として念願のJAS39グリペンへの搭乗を許され、関東独立闘争の英雄渋沢 美樹から戦闘機パイロットとしてのイロハを叩き込まれながら実戦参加を目指して猛訓練に励むことになる。
その一方で管制過程の同級生水木 若菜や航空学校付属校に通う後輩日下部 加奈子といった友人達と、航空学校の学園祭で上映する演劇の練習に励む主人公。

だが、そんな戦時下の予備生徒(学徒兵)としてのありふれた生活に終わりを告げる「戦争」が刻一刻と近づいてきていた……

(オフィシャルサイトより一部引用)





この項目にこんな硬い文章書いたの初めてだよ。というか長いよ。

「本格未来架空航空戦記ADV」を自称しているだけのことはあり、しっかり考えられた設定により一見トンデモな「関東vs関西」という状況にある程度の説得力は持たせています。
それでも真面目に粗を探せば政治・経済・軍事ともどもいくらでも見つかりますが、そもそも年端もいかない学生が戦闘機に乗って戦っている時点で既にありえないですから。

舞台背景はすべてそういう状況を作り出すためのものと割り切ってプレイするのが賢いやり方かと。
あくまでも舞台背景は舞台背景であって、主体はそういった極限状況における人間模様を描く事にあります。
実際に物語中での戦闘シーンはかなり少ないですしね。
戦っている最中よりもその前後の描写が主体になっています。



そして学生が戦って勝てるわけないよ、と思った貴方。
それは正解です。

設定から連想されがちな「主人公が戦闘機で大活躍して戦争終結!!」なんて流れはこのゲームには一切ありません。
(大活躍するルートは一応存在しますが、戦闘機パイロットとしてではありません)
そもそも現代航空戦でパイロットの技量が戦況に寄与する割合なんてわずかなものですし、主人公はあくまで予備生徒(学徒兵)パイロットの中で優秀だというだけで全体から見れば平凡な戦闘機パイロット。

それ以前に予備生徒主体で編成された関東軍自体、自衛隊主体の関西軍と全力でぶつかり合ったら負けるのは必至です。

登場キャラのほとんどは軍人or軍事教育を受けている学生なのでその事を当然のように理解しており、絶対にいつか壊れるであろう平和と判っていながらそれを楽しむさまは見ているこっちが辛いです。

某ヒロインがふと漏らす、「幸せな将来なんて…そんなもの、私達にあるわけがない」という独白がこのあたりの雰囲気を如実に表していると思います。
俺はいつこの幸せが壊れるのかと胃が痛くなるような思いでプレイしていました。



ここで利いてくるのがエロゲらしからぬやたらと地に足の着いた人物描写と複数視点。

物語を語る視点が主人公からだけでなくヒロイン側からの描写もあるのですよね。
それも時折視点が変わるなどと言う程度ではなく、1場面1視点でプレイ時間の半分位は主人公以外の視点なのではないかと思えるくらいです。
それも主人公とヒロインの絡みをヒロイン視点から、というありきたりなものではなくヒロイン同士やらヒロインとサブキャラやら多彩な人物同士の絡みを見せてくれます。まさに群像劇の名がふさわしいですね。

この複数視点の採用により各キャラクターの内面描写がしっかりと出来て居るため、そこらの「萌えキャラ」とは違った意味で存在感のある人物描写になっています。
ことさらにプレイヤーに媚びることなく(多少のデフォルメはあるにせよ)きちんと自分の考えを持った人物として描かれているキャラクター達はありきたりの萌えキャラに慣れきった身にはなかなか新鮮でした。



また、こういう戦争ものの物語に付きまとう「戦う理由」を安易に設定せず、シナリオ全体の構成を通して語っているのも好印象でした。

関東軍に所属している若菜・加奈子・美樹ルートをクリア後に民間人である夕紀・圭子ルートに進めるようになり、全5ルートクリア後に全てに決着をつけるグランドルートへ、という構成になっていますが、主人公の「戦う理由」が関東軍編→民間人編→グランドと進んでいくにつれて次第に変わっていく構成はなかなか上手でした。

利権にまみれた戦争に「関東独立の大儀」なんてものは初めから存在しない事を承知しながらも、先に死んでいった戦友たちへ申し訳がつかないという理由でまさに戦うために戦い、その先に待つ確実な敗北へひた走る関東軍編。
そんな理由で戦い続けるのは果たして正しい事なのか外からの目を通して問う民間人編。
そういった狭い立場を超越し、新しい理想を提示してそれによって戦争を終わらせるグランドルート。

関東軍編では単なる敵機や爆撃目標としてしか認識していなかった「敵」が同じ人間だという事を民間人編で思い知らされ、グランドで関西側からの視点も取り入れるといった風に「戦争」へのアプローチがだんだんと変わっていくのもなかなか巧いです。


しかしこの全体の構成には逆に欠点もあったり。
お話が進むにつれて人間ドラマがだんだん減少していき、物語の最後を締めくくるグランドルートで話題がほとんど政治経済軍事ばかりになってしまいます。

個人ではどうしようもない「戦争」という圧倒的な状況下での人間模様をあらかじめ描いたうえで、その「戦争」をただ戦うのとは違うアプローチによって変えていくのが全体の構成なのでこれは致し方ないことなのですが、終盤はかなり堅苦しい話が続くので合わない人には徹底的に合わないでしょうね。
…まあ、そんな人は最初からこの作品をプレイしないような気もしますが。

同様に軍事用語やらなにやらの一般的には馴染みのない単語が会話シーンで何の説明もなく頻出するのも悪い点。
それも上で書いたように登場人物たちはみな軍事的知識を持っているという設定なので、本当に何のフォローもなく普通に会話で難しい用語を使うんですよね。
判らなければストーリーが理解できない、というほどではないにせよ知識のない人に向けてもう少し何らかの対策があってもいいのではないかと思いました。

<キャラクター>

萩野 社

主人公。正式な肩書きは筑波戦闘航空団11飛行隊付き筑波航空学校一種飛行予備生徒
長すぎて本人ですら噛みますこの肩書き。

第一種飛行予備生徒としてヒロイン若菜の弟である水木 俊治とペアを組み、JAS39グリペンに搭乗。
戦闘機パイロットとしての腕は平凡ですが、あれだけ撃墜されて(全6ルート中4ルートで被撃墜)毎回生還するんだから「生きて還ってくる」能力(=運の良さ?)には優れているのかもしれません。
「特定の彼女が居る場合無敵」だと言う説もあり(笑)
そして何気に稀代のアジテーターだったりします。

関東独立の元となった「円経済圏理論」を提唱し暗殺された経済学者の父親に複雑なコンプレックスを持っており、それが彼を戦いに赴かせるきっかけになっています。
関東軍編ではコンプレックスを抱くばかりで父を理解しようとしなかった彼が、民間人編での紆余曲折を得てグランドルートでは父親を乗り越えていくという成長物語がこの作品の裏を貫く軸になっていますね。

以下ヒロイン達。文章量の違いは俺の思い入れの差とでも思ってください。

水木 若菜

筑波航空学校第二種管制予備生徒(後に第一種に昇格) 管制過程に在籍し、ゲーム中では航空管制を行う。
パッケージ等で優遇され、グランドルートでも活躍する文句なしのメインヒロイン。


関東独立運動に傾倒するあまり自分を省みない両親への反発から、その理論を提唱した萩野憲二の息子である主人公にも何かと食って掛かってきます。
そうして反発しあっていた2人が紆余曲折を経て……というのはありきたりの流れですが、くっついた後の刹那的に幸せを求める2人の姿が痛々しすぎ。

普通のエロゲなら甘甘の生活が続きそうなところですがそこは戦時中ですからね。
あれは見ていて辛かったです。


また、他のキャラのルートでもかなり活躍していい味出しているのも彼女の特徴。
加奈子ルートなんて主人公と加奈子以上に目立ってましたよ。
「……関東、万歳」のシーンは群青屈指の燃えシーンだと思います。

渋沢 美樹

主人公達の教官を勤める元戦闘機パイロット。
関東独立闘争時には英雄と称えられたことも。
その後の負傷によりパイロットを引退、前線航空統制官に転出していたが、教官不足により筑波航空学校に呼び戻され主人公達へ戦闘機パイロットとしての教育を行う事になる。


大人のお姉さんに優しく教えてもらうのって(何を?)男にとっての永遠のロマンだね!!

……すいません興奮しすぎました。
酸いも甘いも噛み分けた大人のお姉さん(といっても推定20台前半ですが)はこの手のシリアスなお話には不可欠かと。
戦争という状況に流されている感のある若菜や加奈子といった年少のキャラクター達とは一味違った魅力がありますよ。

美樹ルートのストーリー自体も、派手な戦闘シーンより戦争の裏の「大人の事情」を描くほうに力が入っていますし。

日下部 加奈子

筑波航空学校付属校の学生にして主人公の後輩。ロリ。
関東独立闘争で戦死した戦闘機パイロットの兄は美樹の恋人でもあり、そのおかげか美樹に対して反感を抱き続けている。
同じく戦闘機パイロットである主人公に兄の面影を重ねる加奈子だが……


なにこのウザイロリ(暴言)
ストーリーの項で緻密な内面描写なんて書きましたが、加奈子においてはそれが「幼さゆえの身勝手さ」を強烈に印象付ける事になってしまっているんですよね。
単なる頭の軽い年下キャラとして描かれていないのが逆に悪く作用している気が。

周りの人間の気持ちを無視し、二人でわが道を突っ走る主人公と加奈子のカップルにあまり良い印象を抱けなかったせいでもありますけど。
むしろ加奈子ルートでは物語を語る視点を主人公だけに限定しないスタイルとあいまって、サブキャラたちが非常にいい味をだしていました。

澤村 夕紀

フリーカメラマン。主人公達とは取材の過程で出会う。
関東独立闘争に対しては醒めた目で眺めているものの、戦いに身を投じる予備生徒達には敬意を払っている。
また、関西や非合法組織などにも情報源を持ち、その視野は広く深い。


大人のお姉さんに(以下略

民間人として関東軍に所属して戦う主人公を一歩引いた目から見るのが夕紀ルートのテーマ。
「何のために戦っているのか」「そもそも関東独立は正しい事なのか」と主人公に辛辣に問う彼女の言葉は、それまで関東軍編でなし崩し的に戦い続けた先の敗北を経験してきた身にはこたえましたね。

長田 圭子

主人公の父、荻野 憲二の唱えた「円経済圏理論」に心酔する反戦活動家。
現在の関東独立は憲二の理想としたものとは異なっているとして戦争を止めるべく活動中。
ひょんなきっかけから主人公は彼女を匿うことになるのだが…


ただ一言、腐女子
男社会である軍隊でのホモネタを妄想して喜ぶ圭子と、そのとばっちりで主人公のホモ疑惑が持ち上がる圭子ルートは群青で唯一の笑えるルートかと。
関東軍編の負け戦で荒んだ心を癒してくれました(笑)

また笑えるだけでなく、登場キャラの中で唯一主人公の父 萩野憲二から直に教えを受けている人物であるため、それまで自明のものとして内容がほとんど語られない憲二の提唱した「円経済圏理論」についてプレイヤーと主人公に説明するルートでもあり。

ただ戦うだけの関東軍編と、戦争の原因である政治経済に深くかかわる事になるグランドルートの橋渡し的な役割を果たしています。

一条 貴子

航空自衛隊(関西軍)一等空佐 関西軍航空部隊にその名をとどろかす女性ダブルエース。
主人公とは戦場の空であいまみえることになる。32歳


大人のお姉s(以下略
…いい加減しつこいですかそうですか。

関東軍編・民間人編ではほぼ無線越しの会話のみの彼女、グランドルートで初めてまともにその姿を現すことになります。
志願兵として自ら望んで戦争に参加している関東軍所属の予備生徒達とは違い、自衛隊員として望むと望まざるとにかかわらず同胞殺しを強いられる彼女の側から戦争を見る事により、それまでは単なる「敵」だった関西軍もれっきとした人間である事をグランドルートでは描きます。

最初貴子ルートが存在するらしいと聞いたときは敵味方同志でロミオとジュリエットでもやるのかいな、と思いましたが実際の貴子ルート(グランドルート)はその程度のものではありませんでした。
それまでの負け戦の連続でたまった鬱憤を一気に晴らすかのようなグランドルート終盤の展開は素晴らしかったです。

その他

上で紹介した以外にも、主人公やヒロイン達の航空学校での友人や関東軍での上官、関西政権の人間から果ては声しか出てこない味方パイロットまでかなり多くのキャラクター達が登場します。

そして上述の複数視点によりそれぞれがしっかりと描かれるので、誰も彼も非常にキャラが立っているんですよね。
特に筑波戦闘航空団司令や主人公の直属の上司の飛行小隊長といった大人の軍人達をなおざりにしていない点がなかなか良いかと。
やはり、「戦争もの」の物語なんですからそういう本職の人たちを無視してはいけないと思うんですよ。

<グラフィック・音楽>

原画は黒鷲氏
一般的「萌え絵」とは微妙に異なる絵柄ですが、硬派な雰囲気のこのお話にはまあまあ合っているかと。

それよりも立ち絵や背景のバリエーションが少ないため、身分を隠して行動しているはずの場所で航空学校の制服を着ていたり仏間で食事をしていることになっていたりするのには少々萎えました。 文章での描写とグラフィックが食い違っている事もたまにあり。

戦闘シーンで挿入されるCGムービーも短すぎてあっても無くても変わらないようなものでした。
個人的にはあの程度なら最初から入れなくても良かったのではないかと思います。
グラフィック的な面では最小限必要なものはあるけど、それ以上でもそれ以下でもないといったところでしょうか。


音楽は樋口 秀樹氏
戦争ものという物語の題材にあわせ、重苦しい曲や勇壮な曲が多めです。
ボーカル曲はOPテーマ「アララト」EDテーマ「tell me a nursery tale」の2曲。
2曲とも歌詞が物語の内容に非常にマッチしていてある程度やってから改めて聞くと感動もひとしおなんですが、ボーカルがあまり上手でないのが若干水を差してます。
それでも繰り返し繰り返し聞いているとだんだん良く思えてくるから不思議なものでした。


また、声優さんの熱演も光ります。
ヒロイン達はもちろんの事、主人公を初めとする男性陣がやたらと頑張っていました。
特に主人公は激昂して超長台詞をひたすらしゃべり続けるシーンが多いのですが、毎度飛ばさずについつい全部聞いてしまうくらいの魂のこもった演技でした。

<システム>

DVD一枚でインストール容量1GB。修正パッチが出ているので必ず当てましょう。
セーブ機能が異常に充実している(通常セーブ、クイックセーブ、選択肢オートセーブ完備)以外はいたって普通のノベルゲームシステム。ディスク無しでもプレイ可。
ボイスのキャラクター別ON/OFFがサブキャラたちもひとりひとり設定できるようになっているのは群像劇色の強い(=サブキャラたちの出番の多い)お話の内容に合っていると思いました。

動作的にも特に重く感じたりする事はなし。


しかし、演出効果など無いに等しいにもかかわらずDirectX9.0以上必須な上、一部のグラフィックボードでは正常に動作しないのは大きなマイナス。
実際俺も設定を低パフォーマンスPC用に最適化しないと表示が滅茶苦茶で、とてもプレイできたものではありませんでした。
詳細設定をいじくればおおよそどんなPCでも起動する(らしい)とはいえ、派手に動きがあったりするわけでは全く無いのにどうしてこのような仕様にしたのか理解不能です。

<総括>

題材はまったくもって一般受けするものではありません。
グラフィックもいわゆるヲタ受けする「萌え絵」ではありません。
演出も全然大したことはありません。
キャラクターも典型的萌えキャラからは微妙に外れています。


しかし、それら全てを補って余りあるテキストの力がこの作品にはあるんですよ。
政治軍事経済それと単純な誤字、冷静になってみるとつっこみ所はいろいろとありますがプレイ中はそんな事が気にならなくなってくるくらい没頭させる力のある文章というは本当に凄いです。

戦争という極限状況下での青春群像劇としてかなり素晴らしい出来かと。

萌えも燃えもありませんが、「読ませる」お話である事だけは確かだと思います。