はるのあしおと

minori 製作


以前これの監督でありminoriプロデューサーであるnbkz(酒井伸和)氏の講演に行った際、彼が「ゲーム製作」についてやたらと大言壮語していたのでそこまで言うからにはどの程度の作品を作っているんだろうと興味がわいたのですよ。
そんな折にPCゲームショップに行ったところ、minoriのその時点での最新作「はるのあしおと」の新品が75%引きで山積みにされて売られているという衝撃的な現場に遭遇。

明らかに過剰在庫一掃セールっぽい雰囲気に、講演で「これを作るために物語構成の勉強を一からやり直した」とまで言わせた作品とはどんなものかやってみてもいいかなという気になって衝動買い。安かったし。

やり終えた後残るのは「大ぼら吹きやがって!!」と怒る俺か、「一生ついていきます!!」と信者になる俺か。
どちらになったかって?それはレビューを読んでのお楽しみ。

それでは、はるのあしおとレビューです。

<ストーリー>

「わたし、結婚するの」

友達以上恋人未満の関係をずるずると続けていた女友達白波瀬から告げられた別れの言葉と、教員採用試験に失敗したことに打ちのめされ逃げるように故郷へ帰ってきた主人公桜乃 樹(さくらの たつき)

何をするでもなく、漫然と過ごす彼が思い出すのは、桜並木と、そこで白波瀬から告げられた「さよなら」の言葉だけだった。

アパートに引き篭もり、言いようのない閉塞感から無気力になっていく主人公だったが、ある日、ひょんなきっかけから街の小さな学園である桜鈴学園の代用教員の仕事が舞い込んでくる。

流されてその職を請け負った彼がそこで出会うのは、

従姉妹で主人公を兄のように慕う、桜乃 悠
偶然、着替えを覗かれたことから、主人公に対して敵意を剥き出しにする藤倉 和
あくまでマイペースで、新米教師の主人公に興味すら持たない 楓 ゆづき
悠ともども主人公の幼馴染であり、今では学園の保険医を勤める 篠宮 智夏

お互いにふれあい、影響しあうことで、彼らは少しずつ、変わっていくことになる…





メーカー自称「愛と成長の物語」は伊達じゃなかったです。

「主人公とヒロインの成長物語」というラブストーリーにおいて非常に普遍的でありふれたテーマを、ひたすら丁寧に丁寧に描くことによってそれ以上のものにしています。

このお話では、いろいろと紆余曲折を経て主人公とヒロインともの成長し、自らの抱える問題を解決したところでお互いの思いを確かめ合って結ばれてああ良かったね、という典型的なパターンはとりません。

むしろただの教師と生徒という関係から一線を越えてしまい、付き合いだしてからの部分がストーリー全体に占める割合がかなり長いのが特徴かと。

失意の中ですがれるものが欲しい主人公と、心に欠落を抱えるゆづきの似たもの同士の傷での舐めあいなゆづきルート。
叱咤激励してくれる和に甘える主人公と、恋愛によって退屈な日常に変化をもたらそうとする和との利害の一致な和ルート。
妹のように育ってきた悠への同情と保護欲を愛情と取り違えているのではないかと思える悠ルート。

そんなきっかけで付き合いだした精神的にも社会的にも未熟な二人が、様々なトラブルを乗り越えることによって自分達が「成長」するためにしなければならないことを理解していく様を丹念に描いたシナリオはかなり上質。

こういう話である以上、相手が社会的に未成熟な学生なことはある意味必然ともいえますね。
いや、教え子に手を出すと言うことの是非は置いておくとして。

社会の現実に突き当たって悩む主人公の青臭さに共感できる人にとっては珠玉のゲームになりますよ。
少なくとも俺はそうでした。


しかしそこで感情移入できないと、単なる「しっかり作られてはいるけどそれだけの普通のいい話」で終わってしまうことも否めません。
良くも悪くも受け手の立場によって評価の変わる話かと。

また、ライターが2人いて和&ゆづき、悠&智夏という風に分担しているようなのですが、そのせいか担当ライターが違うヒロイン同士の絡みがほとんど無いのはどうかと思いました。
和、悠、ゆづきの3人は親友と設定ではなっているのに和・ゆづきルートでは悠が全く登場せず、その逆もまた然りなんですよね。
和とゆづき、悠と智夏の絡みは良く描けていると思ったのでこれは残念でした。
また和ルートでは主人公と和の関係がほんの少し学園の噂になっただけでも相当肩身の狭い思いをしているのに対し、悠ルートでは同様の状況で周囲からからかわれる程度で済んでしまうといった設定の共有が出来ていないのではないかと思われる点があったのもいまいち。


そういった詰めの甘さは少々あったものの、それ以外の点ではなかなか良いお話ではないかと。
「これを作るために物語構成の勉強を一からやり直した」というのはあながち嘘ではなかったです。
別に大事件を物語の中で起こしたり、キャラクターに極端に重い事情や過去を背負わせるといったことなんかしなくても十分人の心を動かせる話を作れるんだということを実感しましたよ。

<キャラクター>

桜乃 樹

主人公。名前の読みはさくらのたつき
友達以上恋人未満の関係をずるずると続けていた白波瀬に振られたのと、教員採用試験に落ちて就職に失敗したショックで故郷に帰ってアパート引き篭もるダメ人間
ひょんなきっかけで桜鈴学園での代用教員の職につくことになる。


なんか微妙に変態臭いんですよねこいつ。
「やっぱりこの格好はいいなぁ。可愛いよ」(バイト先のファミレスの制服姿の和とHしながら)
「いや、こういうのもけっこうそそるなあって思って」(体操服姿のゆづきとHしながら)
(心の中で)「制服にエプロン… ちょっと…、じゃないな。かなり、いいかも」(料理を作ってくれる悠を見ながら)

なにこの人。

他にも悠に「おにーちゃんは制服が好きだもんねっ!」と言われて「素直に頷く気はないけれど、わざわざ否定するほどのことでもない」なんて考えていたりといろんな意味で素敵過ぎ。

そんな彼でも物語が進むにつれていっちょまえに成長し、いっぱしの社会人として独り立ちしていく様を見ると「あのダメ人間が…」といろんな意味で感動してしまいました。
一人前になる過程をしっかりと描いているので立派なことを言うようになっても違和感がないんですよね。
このあたりは評価してしかるべきかと。

でもね。
自分の教え子に手を出しているうえ、Hのときは中出しがデフォなこいつが
「教え子に対してきちんと責任を持てる教師に俺はなりたい」
なんて言い出したときは流石にいろいろとつっこみたかったです。

以下ヒロイン達。並びはクリア順です。

藤倉 和

桜鈴学園3年生。主人公が担任を担当するクラスのクラス委員長で、成績優秀で人望もある為教師達からも一目置かれる優等生だが、主人公に着替えを(偶然とはいえ)覗かれたことから、彼を憎んでいる。
何をやっても無様な代役の主人公に対し、侮蔑の言葉を浴びせたり、桜鈴学園をやめさせようとしたりするが、本当は(今の主人公以外には)優しい女の子。
楓 ゆづき(下記参照)と非常に仲が良く、ぼんやりしているゆづきに対し、何かと世話を焼いたりしてる。


この人、ほんと歯に衣着せぬ物言いで主人公のダメ教師っぷりを罵ってくれます。
あまりにひどい事を言われまくるので途中から逆にそれが快感になってきそうでした。ゴメン、俺ちょっとおかしいかも。

が、それはある意味叱咤激励でもありそれに応えるべく努力する主人公を見てだんだんと心を開いていくことに。
付き合いだしてからのカドが取れた可愛さは見物です。

楓 ゆづき

桜鈴学園3年生。主人公の教え子で和、悠の親友な良家のお嬢様。とくに和とは仲が良く、常時一緒にいるため周囲からは「できている」なんて噂されることも。
和といる時以外は一人でぼんやりしている事が多いが、大好物のファーストフードを買うことはしっかり考えている。


典型的おっとり不思議ちゃん系キャラか、あんまりそういうの好きじゃないんだけどなと思いながら話を進めていたら悪い意味で何も考えていない人でびっくり。
やたら虚無感にあふれたヒロインです。

お互いの寂しさをごまかすための傷の舐めあいから始まった2人が、それに溺れることなくそこから成長していく様を描くゆづきルートは「成長物語」というこのゲームのテーマにふさわしいの一言。
キャラとしては和が一番ですが話の展開としてはゆづきルートが一番好きですよ。

桜乃 悠

桜鈴学園3年生。主人公の従姉妹であり、教え子でもある少女。
いつも(必要以上に)元気いっぱいで、クラスのマスコット的存在である。
以前から主人公を兄のように慕っており、互いが成長した今も、無邪気に纏わりついてくる。
甘やかされて育っているため、ちょっと甘えん坊さん。


和やゆづきと違って付き合ってせいでダメになってしまう人。
元気な妹的存在として見られていたのが、主人公から求められたことによって「恋人」としての立場を得たことによりそこに依存してしまう悠。
それに対し一緒に依存しあうのではなくきちんと向き合い、二人の未来のためにはどうすればよいかを考え行動する主人公。
「ずっといっしょにいるよ」という凡百のラブストーリーで使われた定番の台詞をあえて使わない方向に進ませることによって2人の成長を上手く描けていたと思いました。

篠宮 智夏

主人公の幼馴染で桜鈴学園の保険医。子供っぽい容姿とおっとりした性格は昔のままだが、ひとりひとりに真摯に向き合う姿勢から生徒からの人気は高い。学園のOGでもある。


初めて見た瞬間保健室登校の学生かと思いました
二十歳過ぎてる(社会人ですから)身であの格好(巨大なリボンで結わえたツインテールに、リボンやレースで妙にひらひらした服)はイタイ人すれすれだと思うんですがどうよ。しかも職場で

いくら子供っぽい容姿だとは言っても物には限度があると思います。
問題を抱えて不登校になってしまった生徒の家に入るのを拒否されようが通い詰めて心を開く、というシーンがあるのですがあんな格好した人が毎日家の前に立ってたらそりゃ中に入れて周囲の目を引かないようにしたくなりますよ(笑)

他にも自分が学園生だったときに主人公に想いを伝えられなかったから、といってわざわざ昔の制服を着て主人公に告白とか素敵な行動をしてくれました。
ダメだってそんなことしたらあの制服好き(=主人公)の心が揺らいじゃいますから!!
幼馴染だから彼の嗜好を理解してあえてやってるのかもしれませんけど。


と、そんなツッコミはおいておくとして、ヒロイン中唯一の(見た目や性格はともかく社会的に)「自立した大人の女性」である智夏ルートはそのため一味違います。
他の3人のお話が全6章構成なのに対して智夏ルートは4章構成であるため起承転結の転が抜けたようになっていて少々あっさりしていますが、教師として、社会人として活躍する智夏に追いつこうと必死にあがく主人公は相変わらず素敵でした。

以下サブキャラたち。

白波瀬

主人公の大学時代の女友達であり、友達以上恋人未満な関係をずるずると続けていた相手。
彼女から別れを告げられ打ちのめされた主人公は故郷に帰って引き篭もることになる。
ある意味では物語のきっかけを作った人。


……作中でさんざん「あいつのことが好きだった」なんて言ってくれますがその割に苗字でしか呼ばないのはどういうことよ?
俺の記憶が正しければ白波瀬の下の名前が出てくることは一切ありません。設定あるのか?
基本的に回想シーンで少し登場するだけの彼女ですが、ここぞというときには登場して結構重要な役割を担ってみたり。
ゆづきルートの最後での絡み方は素晴らしかったです。

楠木 あおい

桜鈴学園の(自称)教頭代理。
入院中の教頭に変わって新任教師の主人公をこき使う先輩教師。


どうして楠木先生ルートは無いんですかminoriさん?
悠、和、ゆづきの学生3人組や社会的に大人なだけで中身はちょっとアレな智夏と違って正真正銘の大人のお姉さん。
その小悪魔っぷりのかもし出す大人の魅力にやられた人も数多いのではないかと。少なくとも俺はやられました。
未熟な主人公とヒロインを見守り、叱咤し、ときには勇気付ける。
それほど出番があるわけではありませんが、人生経験を積み重ねた大人として主人公に接する様はいろいろな意味で幼いヒロイン達とはまた違った魅力がありました。

まあ、主人公は自分に自信のないダメ人間なので成熟した大人の女性には心惹かれないんですよきっと。

<グラフィック・音楽>

原画はKIMちー氏・庄名泉石氏。みな想定される年齢よりかなり幼い容姿(とくに智夏)と体型なのは趣味、というか主人公の潜在的ロリコンっぷりを表わしているんですかね。

と、そんなことはおいておくとして立ち絵、イベントCGともに特に文句をつけるようなところはなし。
イベントCGの塗りにばらつきが有りすぎなのが問題といえば問題ですけど、それは一部の塗りのレベルが異常に突出しているだけでそれ以外も特に酷いというわけではないですし。
「夕日の公園に佇むゆづき」「放課後の図書室での和」「朝焼けの中の悠と主人公」等の遠景と光を絡めたイベントCGの塗りは本当に凄いです。レンズフレアまで描くのはやりすぎ。
枚数も差分抜きで458枚(重複して登録されているものがあるので実枚数はこの1〜2割減)とまさに圧巻。

また、立ち絵も服のパターンが秋服・冬服・パジャマ等3〜4種類用意されている上やたら表情パターンが豊富だったりとけちのつけようがないです。
2〜3言しか台詞のないヒロインのクラスメイト達にすら数パターンの立ち絵が用意されていたりと本当に凄いボリュームでした。

…上述の智夏の変な服とか、小学生みたいな悠の私服とか、何処のコスプレ喫茶ですかといった感じの和のバイト先の制服とかデザインがアレなのはなんですけど。


音楽は天門氏。
なかなかレベルが高いとは思いますが、音楽単体で取り上げるほどのものでもないという程度。
後半のシリアスなシーンの曲はなかなかでした。

<システム>

DVD一枚でインストール容量は約3.5GB ディスクレスプレイ可。
修正パッチが1.04まで出ています。
キャラクターごとの声のON/OFF、オート進行時のWait設定等基本的なところはだいたい網羅していると思います。
セーブに関しては、セーブ箇所は100箇所ある上にクイックセーブも10箇所、さらに一定時間おき(?)にオートセーブしてくれるという至れり尽くせりの仕様ですが、基本的に選択肢が2個しかないので(和ルートのみ3個)攻略上では全く必要なし。
結構長い話なので印象的なシーンのデータを取っておくのに使うくらいでしょうか。

スキップもかなり速く、(俺はやったことがありませんが)上述の選択肢が少ないこととあいまって全編スキップすると5分で終わるなんて話も。いくらなんでも嘘だと思いますけどね。
また、バックログが立ち絵はもちろんのこと音楽すら巻き戻るうえ、戻るページ数に制限がないというむやみに充実した仕様です。

全体としては安定していますし、特に不満なくプレイできるシステムでした。



そしてこのゲームを語る上で欠かせないのはその画面効果。
いつものように項目がないので演出についてここで書きますけど地味にレベルが高かったです。

立ち絵の瞬き、口パクは当たり前、イベントCGにおいてすら完璧に瞬き他を実現。
他にもイベントCGの拡大縮小トリミング、カットインなどが使われています。
そして「一瞬目をそらす」「頬を赤らめて慌てるけどすぐに落ち着く」といった表情での演出を台詞にあわせてかなり細かくやっているのも好印象でした。
「この台詞にはこの立ち絵」というわけではなく台詞の途中でもコロコロ表情を変える様は下手なアニメ並かもしれません。 口パクがどんなときでも完璧に台詞と同期しているのも良く見ないと気付きませんが凄いところ。

大きな動きはないので見た目の派手さは少ないものの、実に良く作りこまれた画面演出だと思いました。

<総括>

良くも悪くもプレイヤーの立場によって評価の変わる作品。
演出や構成・グラフィックは本当に手放しで褒められる位良く出来ています。ここに異論がある人はそうそういないでしょう。

が、お話の展開じたいは非常に丁寧に描かれているとはいえかなりオーソドックスな「成長物語」なので、どこまで主人公とヒロインの気持ちに同調できるかが評価の分かれ目ですね。
感情移入を出来れば身につまされて自分もこれから頑張ろうと思える素晴らしい話ですが、そうでないと彼らの青臭さが逆に鼻についてしまうのではないかと。


かくいう俺もかなり感情移入してプレイしたくちなのであまり偉そうな事は言えませんけどね。


結局、様々な要素がかなり高いレベルでまとまっているものの、このお話でなければならないという強烈な特色が無いんですよね。
この無難さが良い点でもあり悪い点でもあり。
あまりこの手のゲームになれていない人や、主人公に近い年齢の人にはなかなか楽しめるお話なのではないでしょうか。