イントロダクション


 ここ数年、「テレビコマーシャルは効かない」という言葉をよく聞きます。そう言えば、ちょっと前に、そういうタイトルで大特集を組んだ
雑誌がありましたっけ。でも、それに反して最近はテレビコマーシャルがとても増えているそうです。

 テレビコマーシャルってものすごく高価なんですよね。だからそれを使うと決めたら、何としても効果を出したい。これが不景気の世
の中だったらなおさらです。ですから最近テレビコマーシャルが増えてきたのは、切実に「成功したい」と願う企業が増えてきていると考
えればいいのではないでしょうか?

 とすればきっと、企業が提供するテレビコマーシャルには、ものすごく深い意味があるに違いない。一見、「何これっ?」みたいに見え
るものでも、実は深い意味を持っているかも知れないのです。そこでこの連載では、そういう深い意味を解読することで、テレビコマー
シャルを楽しんじゃおうと思います。

 さて、テレビコマーシャルってどういう目的で実施されているか知っていますか?広告代理店の新人研修では、テレビコマーシャルは
「生活者のパーセプション(知覚)を変えるために行うのだ」と教えられます。

 例えば中性脂肪が多くて、高脂血症になりそうな人がいるとします。この人はこのまま行くと、脳梗塞のような恐ろしい病気になりま
すが、高脂血症という病気の知識がないため自分の体質改善に真剣になれません。

 こういう時もし医者なら、正しい処方箋を書いて、薬によって治療を行うでしょう。またもし飲料メーカーの開発者だったら、体脂肪を
燃やす成分が入っている飲料を開発するでしょう。つまり、処方箋を書いたり、新しい飲料を開発したりするという具体的な「行動」に
出るのです。

 一方、こういう具体的な行動に出ないで、中性脂肪過多が恐ろしい脳障害を引き起こすという具体的な映像を見せるという選択もあ
ります。脳障害で突然ぶっ倒れた人を見せられたら、誰でもびっくりするに違いありません。これによって恐ろしさが実感できた人は、
きっと自分の体質を改善する具体的な行動に出るでしょう。

 つまり、後者は、映像を見せられるということで既存の考え方が変わり、その結果、行動に誘われたのです。言い換えれば、知覚が
変わることによって、行動が誘発された。これを専門的に「パーセプションの変容による行動促進」と言います。そしてこの後者こそ
が、テレビコマーシャルの役割なのです。

 で、知覚が変わると言えば、すぐ思い出すのが、「ダチョウのスキー」のテレビコマーシャル。これはJRとJALとANAの連合広告なの
ですが、なぜかダチョウがものすごく華麗にスキーをする。「あれっ?なんでダチョウ???」と思うのですが、見ているうちにあまりに華麗な
ので、「あーっ!スキーに行きてーっっ!」ってな気持ちになり、さらに「おーっ!雪が見てーっっっ!」という気持ちになるのです。

 なんでこういう気持ちにさせられてしまうのでしょう?もちろんこのCGで作られた表現が巧みだということもありますが、それ以前に、ダ
チョウにスキーをさせるという発想が優れていると思いませんか?たぶんこれを人間がやっても、「ああ、スキーの広告ね」で終わってし
まう。しかし、ダチョウという、一見思いもしないものが華麗にスキーをすることで、最初のビックリがだんだん「やっぱりスキー、雪って
いいな」という共感に変わってくる。これはダチョウにスキーをさせるという非現実的な試みの効果なのです。

 こういうやり方をレトリックと言います。さらにこのレトリックは専門的には「異形」といい、表現したいことを奇形やグロテスクなものに
喩えて、意識的に驚きを作ります。レトリックには他にもメタファーや矛盾などがありますが、表現したいことを巧みに何かに喩える方
法なので、クリエイターたちに重宝されるのです。

 さらに画面には、追い討ちをかけるように「WE WANT SNOW!」というキャッチフレーズが出ます。これはかつて一斉を風靡した、カッ
プヌードルの「Hungry?」と同じやり方。食欲という原初的な欲求を喚起するように、雪への欲求を喚起している。つまり、このコマーシャ
ルはスキーのコマーシャルではなく、雪のコマーシャルなんですね。このコマーシャルでJRとJALとANA連合は、雪のある地へ行きまし
ょうと誘っているのです。こう考えるとよくできたテレビコマーシャルだと思いませんか?

 続いてはエステー化学の消臭ポットのテレビコマーシャル。これは振り付けをする男の子に従って、手に消臭ポットを携えたおじさん
たちが踊ります。「♪ぷるぷる香り、ぷるぷる消臭」と唄う男の子に対して、おじさんたちは「♪ぷりぷり香り、ぷりぷり消臭」と間違えて
しまいます。実はこのおじさんたち、エステー化学の支店長さんなのだそう。

 これってヘンなテレビコマーシャルだとは思いませんか?普通こういう商品は、その商品の効果とか効能を説明しますよね。布の汚れ
を直接除菌しますとか、空気の汚れをさわやかな香りに変えますとか。ところがこのテレビコマーシャルではそういうことを一切言わ
ず、なんだか不思議な世界を表現しているだけ。だから逆にこのテレビコマーシャルが気になっちゃうんですよね。

 実はこのテレビコマーシャル、ここに秘密があるのです。こういう商品の表現セオリーは、効果・効能をなるべく詳しく説明する。例え
ば、黒いバックに信頼の置けそうな人が出てきて、この商品はここが優れているのですばらしいというタイプがセオリーなのです。

 ところがそれに反して、あえて飲料とか、お菓子に適用する表現方法を選んだ。この商品群を専門的には低関与×変換型(プラスの
動機づけ)と呼ぶのですが、そのセオリーは商品の情報を与えなくても広告に対する好意を作れば、それが商品に影響するというもの
なのです。さらに調べてみると、エステー化学がこういうテレビコマーシャルを志向し出したのは、使っておもしろく、かつためになる商
品を開発しようと思ったからだそうです。つまり、効果・効能をさらに進めて、使用価値という新しい提案をするために、あえてセオリー
とは異なる方法を選んだという訳です。なるほど、この商品を使えば楽しそうと思えてしまいますよね。

 最後はサントリーの伊右衛門のテレビコマーシャルです。お茶というのは成熟していて、ほとんど差別化できないと言われてます。さ
らに前年にヘルシア緑茶という大ヒット商品が出たので、なおさら新規参入は難しいと言われてました。特にヘルシア緑茶は「高濃度
茶カテキン」という物性で成功したので、しばらくは新しい物性での勝負は難しいだろうと考えられていたのです。

 そこへ伊右衛門が登場。京都福寿園とのコラボレーションで、茶葉と天然水が違うと主張してきました。でもたぶんこれだけだった
ら、あんなに成功しなかったと思うんです。やはり成功のポイントはテレビコマーシャル。あのテレビコマーシャルが伊右衛門独特の世
界観をイメージさせたのです。

 宮沢りえと本木雅弘が「たそがれ清兵衛」的雰囲気を作る。本木は頑固職人で、りえは彼に尽くすタイプの妻。この商品にピッタリと
はまった世界観が、商品自体に高級感を持たせたんだと思うのです。ですから店頭で商品を選ぶ時、本当はプラスチックの容器の伊
右衛門が、なんだかもっと高級なものに見えて選んでしまう。つまり、このテレビコマーシャルは、伊右衛門のブランドを作ることに成功
しているんですね。

 このブランド力はもちろん店頭だけでなく、伊右衛門を飲むシーンでも活きてきます。それを飲んでいる自分がなんかひとランク上の
人間に思えてきちゃう。だからまたリピートしちゃうんですね。たった百数円の飲み物にこういうブランドを作ることができる。ここがまた
テレビコマーシャルのすごさだと思うのです。

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