代理店営業マン、必読!


 10年前、私は村山氏と同じ広告代理店で営業マンをしていました。
 虚業と自覚しながら、版下1枚数千円のベタ仕事から営業にかけずり回り、制作やマーケティングのプロ集団をプロデュースし、プレ
ゼンし、自分で見積もりを書き、すべてを完結させられる営業としての充実感。久しく忘れていたあの感覚を蘇らせてくれた上に、涙腺
まで刺激してくれる作品に出会いました。

 数年前まで大手広告代理店電通に在籍していた藤原伊織の新作「シリウスの道」文藝春秋 1800円 です。

 東京の大手広告代理店の営業部副部長・辰村祐介は子供のころ大阪で育ち、明子、勝哉という二人の幼馴染がいた。この三人の
間には、決して人には言えない秘密があった。月日は流れ、三人は連絡をとりあうこともなく、別々の人生を歩んできた。しかし、今に
なって明子のもとに何者からか、その秘密をもとにした脅迫状が届く!いったい誰の仕業なのか?離ればなれになった3人が25年前
の「秘密」に操られ、吸い寄せられるように、運命の渦に巻き込まれる-。 

 藤原 伊織は1948年2月17日大阪府生まれ。1973年東大文化学部仏文科を卒業し(株)電通入社。
 1977年「踊りつかれて」で第4回野生時代新人賞佳作。1985年「ダックスフントのワープ」で第9回小説すばる文学賞受賞。1995年「テ
ロリストのパラソル」で第41回乱歩賞と直木賞を受賞。著書は他に「ひまわりの祝祭」「雪が降る」「蚊とんぼ白髭の冒険」など。

 この人の作品の登場人物は、なぜこうも魅力的なんでしょうね。
 主人公 辰村祐介は、美貌(びぼう)の部長立花英子の下で副部長を務める、東邦広告のベテラン営業マン。その下に、都銀をや
めて途中入社した若者、戸塚英明がいる。戸塚は、社長のコネではいった現職の閣僚の息子で、同僚から白い目で見られている。本
来、広告業界ではありえない方法でコンペを大型得意先から指名され、新規事業のキャンペーン企画のプレゼンに取り組むことにな
る。

 この本筋に、辰村が幼時を過ごした大阪での印象的な点描が加わり、そこに登場する幼なじみの男女が、ストーリーにからむ重層
構造になってミステリー仕立てになっています。

ハードボイルドな舞台にはそれなりのキャストも必要で、「テロリストのパラソル」に登場するある人物が絶妙なからみを魅せてくれるお
まけもあります。

 何より新会社のキャンペーン企画の組み立ての過程が、圧倒的な疾走感とリアリティ(広告代理店経験者は思わず身震いするほ
ど) をもって描かれ、プロの仕事ぶりを見せつけてくれます。
村山氏に師事する諸氏には必読ともいえるでしょう。

 メインの三人の他にも、派遣社員の若い娘や優秀な制作マン、マーケティングのプロなど、個性豊かな登場人物が躍動し、辛辣な警
句や、生きいきとした会話がテンポよく進みます。ことに、バカ息子かと見られた戸塚がみるみうちに成長し、辰村がそれを厳しくも暖
かい目で見守る姿は感動的で、思わず涙があふれます。

 企業小説、シュミレーション小説、ハードボイルド小説、ミステリーなど、様々な条件を過不足なく備えたこの作品は、魅力あふれる登
場人物にどっぷりと感情移入させ、決してページをめくる手を止めさせません。活字の力を再認識させてくれる素晴らしい作品です。

 藤原氏は五月発売の〈オール讀物〉で、自らの癌(がん)を告白しています。
 その飄々恬淡(ひょうひょうてんたん)とした人生観を揺るがすことなく、内にうずくまる荒ぶる魂で、今後も読者をおびやかす創作を
続けてほしいものです。

※ この初夏の寝苦しい季節におすすめの本をもう一冊。
 以前にもご紹介した 伊坂幸太郎 「死神の精度」 文藝春秋 1500円
 軽妙な語り口は相変わらずですが、近作「グラスホッパー」あたりから更に深みを見せる著者の緻密なプロット力とバリエーションに
思わずうならされます。
 こちらも是非おためしください。

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