瀬名秀明で哲学





<我思う、ゆえに我あり>。

 哲学者デカルトは、神の存在、物質と精神の実在的区別を求め、時として人をあざむく感覚知を否定し、一見明白な数学的真理も
疑い、その疑い抜いた果てに、しかし、疑い続ける<私>の存在は疑いえないという<真理>に辿り着きました。

 この心身二元論を基盤とする形而上学が成立したとたんに厄介な謎もまた発生しました。

 つまり、私という意識の正体は何か、という疑問。「なぜ自分の意識はこの<私>なのか? どうして<私>はひとつしかないの
か?」 なぜ、私は私であって別の誰かではないのか?

 人間は一個の生命として生まれ、やがて自己意識を発生させる。それが人間の知なのですかが、その知は私の肉体の中の意識に
幽閉されています。

 たとえば、他者の中にも、自己と同種の意識=知があることを観察によって推測することは可能だが、それはそのまま他者に意識
が存在するという確証にはならない。なぜなら自己意識が個々人の肉体内にとどまるかぎり、それは類推に過ぎないからです。

 この「デカルトの密室」から人は抜け出せるのか?

 今回ご紹介するのは、おなじみ 瀬名 秀明 「デカルトの密室」 新潮社 1995円

 瀬名秀明は1968年静岡県生まれ。1990年東北大学薬学部卒。1996年同大大学院薬学博士課程修了 薬学博士。1995年「パラサ
イト・イヴ」で第2回日本ホラー小説大賞受賞。

 「パラサイト・イヴ」は三上博史主演で映画化されて大ヒットとなった。著書は他に「ブレイン・バレー」「8月の博物館」「あしたのロボツ
ト」「ロボット・オペラ」など。小説の他に科学書にも精力的に執筆し、対談やコラムも数多くこなしている。仙台在住。

 人工知能を備えたロボットを開発する主人公尾形祐輔は、世界的な人工知能コンテストに参加する。そこで彼は十年前に死亡した
とばかり思っていた旧知の"心をもたない"天才女性科学者フランシーヌに出会う。そして、彼女から思いがけない挑戦を受ける。

 その挑戦とは、コンピュータの基本原理の発見者であるチューリングの実験??密室に入った人間と機械が外部の人間と交信し、ど
ちらがより人間らしいかをその判定者が判断することにより、機械に知性があるかどうかを調べるもの?映画ブレードランナーでデッカ
ードが冒頭レプリカントを見分けるためにやるあのテストです??を反転させた試み、すなわち、人間と機械のどちらがより機械らしいか
を判定するというもの。

 この挑戦を受けた祐輔は、やがて実際の密室に幽閉され、彼を助けようとした彼のロボット・ケンイチは、フランシーヌを射殺するこ
とになってしまう。そして、事件をきっかけにフランシーヌの<新しい知>がインターネット上で成長し、そこに人工知能開発企業の経
営者や失踪した研究者などがからみ、世界規模の事件=謎へと発展していく。

 祐輔とそのパートナーである発達心理学者・玲奈が一連の謎を解明していく過程は、ミステリーとしてもスリリングで読み応えがあり
ますが、何より瀬名の近代哲学への造詣と最先端AIの知見、ネットワーク理論などを綿密に組み合わせて、人間の「意識=知能」を追
い詰めていく圧倒的な筆力、脱帽です。

 エピローグで祐輔は語ります。これは「知能」についての物語だ。なぜ宇宙に知的な存在が誕生したのか、なぜその存在はこの世界
を、この宇宙を、そして自分自身のことをもっと知りたいと願うのか、なぜ人々は知能に魅了され、知能に幻惑され、知能の謎に搦め
とられて、ときに殺人まで起こしてしまうのか、そういったすべての謎についての物語だと。

 さらに、科学に対して興味を持ち続けてゆくこと。それを「よい」ことだとだとして受け入れ続けることこそが真の自由であり「物語」な
のだと結びます。

 「物語」に対する瀬名の想いが伝わるこの作品。ミステリーファンのみならず、少々敷居が高い「哲学」の世界への入門本としても最
適です。できれば傍らにはデカルトの「方法序説」とトールキン「指輪物語」、さらに2001年宇宙の旅と攻殻機動隊、イノセンスのDVDも
ご準備されるこことをお勧めします。
秋の夜長を短い!と感じる一冊です。

(2005年9月 Nat King Coleを聴きながら)


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