イッセー尾形という俳優さんをご存じでしょうか


 イッセー尾形という俳優さんをご存じでしょうか。

 様々な人間の日常の一場面を切り取り、小劇場にこだわってユニークな一人芝居を続ける異能の俳優。
 イッセーさんとは以前、村山氏と同じ広告代理店勤務の頃、携帯電話会社のCFに出演していただき、何度か一緒にお仕事をさせて
いただきましたが、一見、普通のシャイなおじさんです。

 この人は何でもできてしまう人で、一人芝居では市井の人、新作のロシア映画「太陽」では昭和天皇と、どんな役柄でも演じてしまう
(一人芝居でも女性キャラ多数)し、戯曲やイラスト、そして小説までも書いてしまう。

 今回ご紹介するのは、このイッセー尾形さんの新刊小説「消える男」文藝春秋1733円です。

 主人公は人付き合いが苦手な中年のコンピューター出張指導員・高山。指導の依頼を受けて全国を飛び回る彼が旅先で出会う、奇
妙でリアルで不条理な、人との「関わり」と「繋がり」。イッセーさんのファンがモデルだという登場人物のディティールがすごい。元女子
プロレスラーの図書館司書、殺人犯にそっくりな民宿の主、ウクライナ人のバニーガール、お水を売るホテトル嬢…。いずれもイッセー
さんの一人芝居に登場する人々と同様に妙にリアルで、ライブ感に溢れています。

 もちろんこの「リアルさ」 はイッセーさんのずば抜けて冷徹な観察力と想像力から生まれているもの。 

 いかにも「訳あり」な人々との、行く先々で起こる厄介な騒動。人付き合いが苦手なのに、いや苦手だからこそ否応なく巻き込まれて
しまう高山に、ついつい自分を重ねてしまいます。好むと好まざるに関わらず、人は人と繋がりを持たずに生きていくことは不可能で、
結局は流され、無理をする。その無理から生まれたり生まれなかったりする物語に嫌みはなく、イッセーさんの「愛」を感じます。

 初めての町に行ったときの違和感や、一種の浮遊感のようなものもリアルに表現されています。これも、日本中を旅していわば巡業
を続けるイッセーさんならではの「旅人の視点」でしょう。

 この先の読めない、時に不条理でオチもない展開は、この作品が携帯電話に配信される形で連載されたこととも無関係ではないよ
うです。イッセーさん曰く「即興芝居のようなライブ感でこの連載を書いていました。書いているときはケータイの小さな画面を思い浮か
べて、この一行で人や、自分自身を引きつけるには、どんな言葉がいいのか と考えながら。画面の中に引きつけるものがないと次を
めくってもらえないでしょう」。

 図抜けた観察の上に想像力を転がし、小さな思い付きをふくらませて創作していくイッセーさんらしい作品です。
「小説は芝居と全く同じで、せりふを言うか文章を書くかの違いでしかない。芝居は立体小説、文章は平面芝居です」。

 ところで、蛇足ですが、高山の唯一の道楽は将棋。それも見知らぬ男と電話で一手づつ指す将棋なのですが、物語の後半で姿を現
すその相手が表題の「消える男」で名前が「鳶尾(トビオ)」。分かりますね。イッセーさんの名作ネタ「アトムおじさん」です。

 もう一つ。本を手にとっていただければ分かりますが、シュールな油絵の表紙をめくるとちょっとびっくり。ケータイ画面を意識したの
か黒々としたゴシック文字で、しかも2段組なのです。星 夏樹さんの装画やイラストも「繋がり」方が素敵。秋の夜長にお勧めの一冊で
す。

(2006年9月17日 大ファンのスティーブ・マックイーン「砲艦サンパブロ」を観ながら)


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