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「思い出を盗んで」。ジャンクション2曲目で、シングル「ロンド」のB面。オフコースマニアの間では佳品として、評判の高い曲である。
この曲のいちばん好きなところは、ふたりのコーラス。「溶け合う」という表現が最適だと思うが、楽譜を見ないと、どれが小田の声で、鈴木の声かが分からないほ
ど、完璧にひとつの調べになっている。
これだけの作品を作るには、ふたりの息が相当合ってないと無理だろう。ふたりは初体験の段階から自分たちのコーラスはなぜこれだけうまくいくのだろうと不思議
に思ったという話を聞いたことがあるが、いくら素質があったって、気持ちが合わなければ、ここまで完璧にはならない。
これが「壊れた」と意識したのは「愛の中へ」だろう。小田の唄い方がシャウトぎみにシフトするとともに、コーラス、ハーモニーも互いに素な音に変わっていく。どのよ
うな音で唄っているかも分かるし、コーラスが溶けなくなった。この曲はシングルとして発売されたが、収録されたのはOVERというアルバムだった。
OVERと聞いて、オフコースらしく、既存の自分たちの音楽を超えていくすばらしい試みがコンセプトだと思ったが、そうではなく、「終わり」の意味のOVERだった。そ
れは楽曲「言葉にできない」のエンディングに小さな音でしのばせなくても、コアなファンにはコーラス、ハーモニーを聞けば分かることだった。
そしてこのOVERというアルバムには、鈴木の曲は2曲しか入ってない。また小田の楽曲に鈴木が参加しなくなっていた。
3曲目の「人として」は、小ぶりではあるが、とてもいい曲。気に入って聴いていたのだが、何か違和感がある。それは高音部のファルセットが鈴木ではなく、松尾の
それになっていたからだった。松尾は鈴木よりも声質は小田に似ていると思うが、似ていることが合うこととは違うし、松尾のファルセットは不安定だったので心地が 悪かった。またアレンジにも工夫がなかった(間奏はなんとつまらないハーモニカソロ)。ギターが使われていないところも惜しいと思う。
こういう流れでアルバム「I LOVE YOU」が発売されても買う気にもなられなかった。たまたま友人が持っていたカセットテープを聞き流していたら、あれっと思う曲が
あった。それは6曲目の「きっと同じ」。これも小ぶりな曲なので、マニアとか知らないだろう。
小田の声とメロディーがいいのは当然だが、それとバッチリ合った、悲しげなギターが最高だった。"これはどうしたことだろう"と思って、周りのオフコースマニアに聞
きまくった。するとひとりのマニアが、「鈴木に相談できなくなっていた小田が一生懸命自分で弾いていると、すかさず鈴木がやってきて、曲に完璧に合うギターフレー ズを作った」いうエピソードを教えてくれた。そして小田は「さすが鈴木」と感心したそうである。
この話を聞いて、今後のオフコースは期待できると次のアルバムを心待ちにしていたが、発表されたのは鈴木康博の脱退だった。
最近、鈴木康博の高音にかげりが見えるようになった。彼のファンサイトにそういう声が多くなったので、小さなライブハウスに行って確かめてきた。確かにそうであ
った。
無理もない。変声期を経験した覚えがないという天然音声の小田と比べたら、鈴木は明らかに意識的に高音を出してきた。還暦を超えた彼に衰えが出てくるのはし
ょうがないことである。
しかしもしかしたら、彼らの初体験の時と同じように、ふたりの声を合わせたら奇跡が起きるかも知れない。そう切に願うのは私だけではあるまい。
奇跡は起きないのだろうか?
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