太宰治のヒット要因


 新潮文庫のいちばんの売れ筋は、太宰治の「人間失格」であるそうだ。本稿を書き始める前に、自宅周辺(早稲田、高田馬場)の書
店をつぶさに探したが、なるほど「人間失格」だけは発見することができなかった。
 井上ひさしは自著の「太宰治に聞く」の中で、夏目漱石、宮沢賢治と並んで、太宰治もいまでも現役だとしている。それほど多くの日
本人に、長く読み継がれていると言いたいのであろう。
 それではなぜ太宰治は、次々と新しくなる読者を獲得して、彼らを自分のファンにしていくことができるのだろうか。まずこのあたりか
ら考えてみたい。

 私自身は「人間失格」を高校2年の夏あたりに読んだ記憶がある。当時の私は、クラスの中でも特に頭の悪い男女8人で徒党を組ん
でおり、そのうちのひとりの、早熟でミーハーなWの影響であった。彼女は「はまった。はまった。ものすごくクライ。こんなすごい小説は
じめて」みたいなことを言ったと思う。それを聞いていた、センチメンタル・ロマン派のAが「読んだ?死のうと思ったでしょ?」とボソッと言
った。さらに早熟な映画監督志望のTが「坂口安吾と織田作之助とともに無頼派と呼ばれていて、酒、薬物、あげくは自殺と、退廃の
限りを尽くした作家なのさ」とウンチクをたれた。パンピーの私とIは、さっそく読んで見ようと、帰りに赤坂の文鳥堂によった。晩成のK
とYとMはまだ何の反応も起こさなかった。





 太宰へのトライアルは今でもこんな調子なのではないだろうか?思春期を迎えた若者、特に早熟な連中が、何らかの口コミやうわさで
「人間失格」を読む。そこで強い影響を受けて、周りの仲間に推奨する。推奨された人間は、今までには出会ったことのない分かりや
すい口調で、退廃と挫折を語りかけてくる太宰にどっぶりハマる。そしてさらに周りに強く推奨し、太宰が蔓延していくのだ。

 その後は様々のようだ。「人間失格」一冊でクライといってやめるものもあれば、周辺の「斜陽」や「走れメロス」あたりで終わるものも
いる。しかし、「晩年」のナンセンスや「満願」や「きりぎりす」、「黄金風景」などの掌編の巧みさ、「女生徒」や「正義と微笑」の日記もの
の実直さや「駆け込み訴へ」の歯切れの良いセリフにハマッてしまうと本格的な太宰ファンになってしまう。言い換えれば、浅いところで
終わる人は「太宰はクライ」と一言で片付けられるが、深い読み方をしてしまうと、太宰作品の多様さにハマってしまって、なかなか離
れられなくなってしまう。和泉書院から出ている「太宰治研究」を見ると、実に多くの研究者が細かい分析をしている。この本が4500円
もしながら、すでに10号まで行っているのを見ると、いかにディープな太宰ファンが存在するかが予想できる。


 さて、次なる疑問として、なぜ太宰治はロングセラー・ブランドとして君臨できるのだろうか?そのヒット要因を考えてみよう。
 学習院大学の青木幸弘教授は、ロングセラー・ブランドの共通項として、明確なコア・ベネフィットを持っていること、独自技術を基盤
とした優位性があること、便益を伝えるコミュニケーションが行われること、アイデンティファイアーの一貫性、市場環境への積極的な
対応の5つを挙げている。これを太宰治に照らしてみよう。





 まず太宰のコア・ベネフィット(受益)は何か?井上ひさしは、太宰研究で有名な奥野健男の「太宰の文章は読者への手紙である」とい
う説を紹介し、「太宰は私のためだけに特別に書いてくれているというふうな文章のトリックがある」と述べている。また、吉本隆明は
「必ずしも波乱万丈ではない物語を、べらぼうに読みやすく面白く書く。最初の一行から読者をスッと作品の中に引き込んで、緊張感
を張り詰めたまま、感銘させ、さまざまなことを考えさせて、スッと作品の外に連れ出す」と述べている。つまり、読者に自身へのオーダ
ーメイドと思わせ、かつ最後まで読み続けさせる力があることが太宰のコア・ベネフィットだと指摘しているのである。

 次は太宰の技術である。太宰にはとっつきやすさと読みやすさ、さらにそれにおもしろさが加わる。これは文章を語り物の感覚で伝
えることができるからである。実は太宰は、義太夫や落語の熱心なファンであった。ここから語り口やオチのつけ方を学んだのであ
る。また太宰は自身の作品を朗読するのが好きであった。こういう習慣も「文章を語る」能力に寄与したのであろう。太宰の語りがうま
いという証拠のひとつに口述筆記がある。彼は口述筆記の名手で、ほとんど言い淀むことなく「駆け込み訴へ」や「如是我聞」を完成さ
せたそうである。

 3つ目は便益を伝えるコミュニケーションである。これは何よりも思春期の若者たちの口コミ力であろう。誰からともなく、太宰=人間失
格のうわさが流れてくる。それも「絶対読むべきだ」の強い推奨を伴ってである。これほど強い宣伝はない。また、桜桃忌や白百合忌
などのイベントが毎年紹介されるのも太宰を知る契機となる。白百合忌のように、太宰だけでなく、彼を愛した女性たち(小山初代、田
部あつみ、太田静子、山崎富栄)をも偲ぶ集いというのは普通だったらありえない。このイベントの意味を聞いただけでも太宰という人
物に興味を持ってしまう。

 4つ目は太宰のアイデンティファイアー(他との差別化を図る明確なポイント)。これはなんと言っても彼の風貌であろう。かっこいい。
当時では長身の174cm。彫りの深い顔。着物姿。「人間失格」の著者らしいイメージではないか。実は近眼で、ネコ背、あげくに歯が
悪く、30才で総入れ歯だったらしいが、そういう情報を知っても、かっこいい太宰が優先してしまうところがすごい。また彼自身の個性
的な人生も他の作家と一線を画する。薬、愛人、自殺と放蕩の限りを尽くす、その人生。またその人生と作品が相関しているものだか
ら、ファンはなおさら気持ちをくすぐられてしまう。

 最後は市場環境への積極的な対応であるが、これは太宰からというのではなく、彼を研究する人たちがつねに新しい切り口を提示
していくところにある。例えば、長篠康一郎という太宰研究家は彼の自殺を徹底的に研究し、薬物が致死量に足りないことを実証して
その狂言性の高さを指摘している。また猪瀬直樹は自著の「ピカレスク」で、死のうとする消極的な太宰治ではなく、生きようとする太
宰治を描いている。そこでは、弱く、生きることに耐えられず、つねに死を求めていたという既存の太宰のイメージを払拭し、自身の保
身のために、いや積極的に行き続けるために、死を演出していた太宰を浮き彫りにしている。





 このように「太宰ブランド」はロングセラーとして君臨する要素を全て持っている。いや、慶応義塾大学の和田充夫教授が提唱すると
ころのブランド構造を完璧に充たしている。今後も太宰ブランドが普遍的なロングセラーとして輝き続けることは間違いないであろう。

初出 ダカーポ(マガジンハウス)  8/21号P36「死後54年。なぜ今も、みんな太宰を読みたくなるのか」




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