Null


――もし……生まれ変われるとしたら、どんな人生を望みますか?

 いつだったかそう訊ねたとき、あの人の絶望の深さを知った気がした。


「生まれ変わる? ウータイの思想の、アレか?」
 気だるげにそう聞き返した彼に、私ははいと頷く。
 柔らかな髪を指で梳きつつ返答を待っていると、彼はちらりとこちらに視線を寄越した。
 身体を重ねた後の物憂げな表情に、あまりにも似つかわしくない冷めた眼差しを。
「……お前なら、何を望むんだ?」
 そう切り返されるのは予想の範疇だった。
 始めから、この人の返答を期待したわけではない。
 ただ自分の望みを聞いて、知っていて欲しかったのだ。
「貴方と共に在る事を。身分も立場もないただの貴方と、出逢うところからやり直したい……そう申し上げたら、ご不快ですか?」
 無論、彼が同じ事を望んでくれるなどという甘い期待をしたわけではない。
 何度生まれ変わろうと、この人はささやかな幸福よりも支配者たる事を望むのだろうと思っていた。
「やり直す……か。その仮定は無意味だな。何度やり直したところで、私達の関係は変わりはしない。私が神羅の名を持たず、お前がウータイの工作員でなかったならば、出逢うことすらなかったのだからな」
 つまらなさそうにそう言い捨てた彼に、私はそれでも言いつのった。
「ですから、生まれ変わったならば、と。今生では有り得ないことだからこそ、願うのです。いつか、どこかでまた貴方と共に生きられたら、そのときこそ幸せに……と」
 馬鹿馬鹿しいとお思いでしょうね、と言い訳のように付け加えて苦笑する私を、相変わらず冷たい硝子のような瞳がじっと見据えている。
 やがてその唇から漏れた言葉は私のあらゆる予想を超えたもので、私は何も言い返すことができなかった。
 彼は静かに呟いた。
 またこの世に生まれ出るなど、冗談じゃない、と――

「確か古代種の思想も似ていたな。あれは星に還るんだったか……何故人は、死後に存在し続けることを望むのだろうな」
 恐らくは驚愕に表情が固まったままだろう私を意にも介さず、独り言のように彼は続ける。
「……私は死んだ後に救いなど要らない。生まれ変わるのも、星に還るのもごめんだ。私が死んだら、ただ消えてなくなればいい。死体がやがて朽ちて無くなるように、私を知る者がやがて死に絶えれば私という存在が生きていた証しも跡形もなく消え失せるだろう。そうしてこの世界から私の痕跡が消えてなくなったその時にこそ、私は全てから解放される」
 彼の手が、強張った私の頬に添えられる。
 その瞳が、ようやく僅かに感情を映した。
 それは、憐れみの(いろ)
 あるいは、私の願いを断ち切ることへの、謝罪であったのかもしれない。
「だからお前は、私を探すな」
 そっと優しく触れた柔らかな彼の唇が、この上もなく残酷な拒絶の言葉を紡ぎ出す。
「いつか生まれ変わったその地で、お前は幸せになればいい。そのとき、お前の腕にいるのは私ではないけれど……それでも、私は消えてなくなるその瞬間まで、お前の幸福を願ってやるから」
 その言葉はまるで、報復だと言わんばかりに私の心に突き刺さる。
 自分を独り遺して逝くお前には、未来の希望などやらぬと。
「私には、お前だけでいい。今生きている、私を知っているお前だけで」
 白くしなやかな腕が首に回される。
 端で見ていれば甘い抱擁に見える行為が、堪らなく哀しい。
「だから……私のことは、忘れてしまえ」
 そして瞳を閉じる。反論を、拒絶するかのように。

 ただ黙って抱きしめる以外、何ができただろう?


 そして、今。
 私は、貴方を裏切ろうとしている。
 貴方を無理やりこの世に引きとめて。

 私より先に逝ってしまった貴方への、これは、最大の報復──





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