その時、私はキャッキャッと騒いでいる群れからちょっと離れて、畑の土手に顔を埋めている少女を見ました。
私とは小学一年生の時からずっと同じクラスで通ってきたMさんです。
色白でおとなしい彼女は、いつも教室の片隅で静かにしている目立たない生徒でした。成長するにつれて彫り
の深い美しい顔立ちは、否が応でも人の注目を集めるようになって、密かに憧れている男の子は少なからずい
たようです。でもそのことを公言するのは何となくためらわれる、そんな雰囲気を秘めた人でした。
私はMさんが何をしているのか興味を覚えました。(もし面白いことだったら是非加わろうと思ったんです!)
「何をしているの?」 と聞いた私に、彼女はふっと顔をあげ、恥ずかしそうに答えたのです。
「花の匂いをかいでいるの」 見れば彼女の顔があったところには小さな紫色のスミレが揺れています。私は
おかしくなりました。 「そのためにわざわざ屈んでいたのオー!私だったらチョイとつまんで鼻に持ってゆくわ」
Mさんはそっと答えてくれました。 「でもかわいそう、せっかく咲いたんだもの」
春風に乗ってやっと聞こえてきたその声に、私は思わずMさんの顔をじっと見つめてしまいました。
「あなたは、本当に美しい人なのね、姿だけでなく心も・・・・・」 口元まで出かかったその言葉を、あわてて呑
み込んだのは何故でしょうか。よくわかりません。でも口に出して言ってしまわなかったからこそ、何年たった今
でもあの日の情景を心に留めておくことができたのではないだろうか。そんなことを今、考えています。
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