サンプル/桜井砂乃

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 サンプル/城崎琴音



- 'O sole mio! -



スペインの家は、相変わらず開放的であかるい。
その陽射しのきつさのせいで窓はちいさいはずなのに、どうしてか来るたびにそう思ってしまう。あわく色づいたような壁、たくさんの白を使った室内がそう思わせるのかもしれない。
中庭の四角く切り取られた空は真っ青で、開け放たれた窓からはあたたかな風が通った。エスプレッソは濃くこうばしく、庭のオリーブの木々はうつくしく。いい天気だ。ヴェネチアーノは目をほそめた。

ダイニングキッチンからだまって出て行こうとしたロマーノを見逃さずにスペインは声をかける。
「ロマーノ、どこ行くん?」
「……シエスタ」
「まだ早いんとちゃう」
「うるせーな眠いんだよ!」
きっ、とひと睨みして、肩をいからせたままロマーノは去っていった。キッチンにはスペインとヴェネチアーノのふたりだけが残される。
ええっと、ヴェネチアーノはちょっと天井に視線をやってからエスプレッソをもうひとくち。あれはたぶん、さっきの、だなぁ。

玄関に到着するなり、久々の親分はイタちゃんイタちゃんと盛大なハグをかましてくれた。彼がこの熱烈歓迎ぶりを示すのはいつものことだけれど、その後、決まって兄の機嫌が傾くのもいつものことだった。
兄が自分に、どうにも出来ないような感情をいだいていることは知っている。それが所謂コンプレックスのようなものだということも。
確かに自分は兄に比べて色々なものを持っているのかもしれないけれど、ひとりではなにも出来なかった。ひとりが嫌いで、嫌いで、好きだったものまで嫌いになりたくなくって、しがみつくみたいにしただけだ。それだけのつもりだった。
自分にはなんにもない、と思っているのだあの兄は。そんなことはないのに。
うつくしいあたたかい海を持っている。世界一と謳われる海岸、朝に夕に浮かぶ島影。ひろがるみどりの畑とオリーブの木、なによりトマト料理が美味しい。
自分が抱えているものだってたいせつだ。誇りもある。だけど結局最後には、自然だったり風景だったりあたたかさだったり、なにかに代えられないかたちのないものを恋しく思うのが人間たちなのだとヴェネチアーノは知っている。だからそういうものを持っている兄がヴェネチアーノは好きだった。
現状に不満を持つことはないが(主義ではない)、兄の持つものをほこらしく恋しく思うことはしょっちゅうだった。

わかってないなぁ、にいちゃんは、ヴェネチアーノは溜息をつく。
今自分の向かいに座っている、かつての兄の主が自分に情熱を注ぐのはただの条件反射のようなものだ。それは独占欲だったり恋愛だったり、そういう類のものではないのだ。





(本文より一部抜粋)
 サンプル/サト