旧田中丸家住宅
Tanakamaru



登録有形文化財 (平成13年9月14日登録)
佐賀県小城市牛津町牛津586-1
建築年代/大正初期
用途区分/事業家本宅(百貨店経営)
登録範囲/主屋・倉庫
公開状況/公開(公民館として利用)

牛津は長崎街道の宿場町として栄える一方、牛津川の水運を利用した港町としての機能をも併せ持つ水陸両面における交通の要衝として発展した町である。
卸問屋が軒を連ね、「西の浪花」と云われるほどの繁栄振りであったらしい。
その中にあって町を代表する大商家と自他共に称された家が田中丸家である。九州の人にとっては、百貨店「玉屋」の創業家と紹介したほうが納得が早いかもしれない。
現在の牛津の町に往時の面影は殆ど残されていない。宿場としての痕跡を探すことさえ難しくなっている。九州各地に店舗を持つまでに繁栄を極めた当家の屋敷も広大な敷地に僅かに煉瓦蔵と母屋を残すに過ぎない。その母屋さえも今は公民館として他人のものである。虚しいものである。
建物は大正初期に建てられた数奇屋の風情を取り入れたものであるが、福岡県飯塚市に残る炭鉱王・麻生家の分家である大浦麻生家の間取りと酷似している。地方上流層の目指した屋敷の好みを窺い知る上で興味深い。

玉屋デパートの前身、田中丸商店を経営した2代・田中丸善蔵の邸宅。
大正年間の建築で、昭和29年に牛津町に寄付された。建築面積410u。
牛津は佐賀三津と称され、「一(市)は高橋、二(荷)は牛津」と謳われた。

 

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