土居家住宅
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西予市指定文化財 (昭和43年10月30日 旧野村町指定文化財) 
愛媛県西予市野村町惣川1290
建築年代/文政10年(1827)
用途区分/山村農家(庄屋・酒造業)
指定範囲/主屋
公開状況/公開

平成の町村大合併によって誕生した西予市の中心地は旧宇和町であるが、旧野村町の中心市街地は宇和町から東へ約15km程の山中に位置する。しかし同じく旧野村町内ながら当住宅の所在する惣川地区はそれよりも更に東へ20kmほども奥に入った場所にあり、生半可な心持ではなかなか訪れることのできない山深い場所である。しかしそれでも当住宅は是非に訪れてもらいたい民家である。

年号が昭和から平成に変わった頃だったと思うが、たまたま書店で見つけた犬伏武彦先生の著された「民家ロマンチック街道 伊予路」は、伊予国の古民家を探し歩くのに心強い味方であった。この中に掲載された当住宅の写真を見かけた時の感動は今でも鮮明に覚えており、私の中で是が非でも訪れたい民家の筆頭格となった。そして実際に訪れた時の心の動揺も半端なものではなかった。「凄い」この家の印象はこの一言に尽きた。

今から25年ほど昔、山道を車でひた走って、ようやく惣川の集落に辿り着き、車を置いて集落の中に足を踏み入れた瞬間に全身が身震いしたことを今でも覚えている。当時において既に鄙びていた集落の最奥に、ひっそりと佇む当家の巨大な茅屋根が目に飛び込んできたとき、想像を絶する、あまりの大きさにそれが民家の屋根だとは判らないほどであった。思わず駆け出し、「すごい」「すごい」と連呼しながら写真を撮りまくった。当家は車で行くことさえも難儀なひどい山奥に所在している。四周を山に囲まれ、僅かに開けた平地はそれゆえ下界とは別世界のような静けさである。しかし、そうした辺鄙とも云える場所にありながらも当家の主屋は四国最大級の規模を誇り、地域における当家の権力の大きさが窺い知れる。周囲と隔絶する環境のせいであろうか、封建時代の村にタイムスリップしたような錯覚に陥ってしまう。時代が変わり、あまりの規模の大きさに維持も大変ではなかろうかと老婆心ながら思いはしていたが、最近になってこのまま朽ち果てることを惜しむ人々による再生運動が実を結び、全解体修理が施された。大変なご苦労だったと思う。しかし今や別物となってしまった主の居ない家の姿に何故か私は物悲しさを感じてしまう。立派に修理された新しい姿に、もう二度と訪れることはないだろうと心がつぶやいた。



 

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