村上家住宅
Murakami



海士町指定文化財
島根県隠岐郡海士町海士1700-2
建築年代/明治34年
用途区分/回船問屋・大庄屋
指定範囲/主屋
公開状況/公開 【村上家資料館】


森屋敷と称す。元応2年の古文書にもあり、源福寺領を豊かにするなど助力。明治6年、山陵(火葬塚)の守部となる。中世、毛利方に与し、因屋城に籠り、武功を挙げ、小早川隆景より感状を賜り、山城国来国院の短刀を拝領。慶長18年、近衛府少将飛鳥井雅賢が配流時に同家に寄寓。助九郎と名付けられ、代々襲名。海運業を営み、千石船8艘を所有。


干鮑、干海鼠等の密貿易で財を成したと云われている。
松江藩とは対立関係にあったとも。
建物は杉材を主体とし、銘木は殆ど使用されていない。長押にニスが塗られているのは、修理の際のものか、あるいはそれ以前からのものかは不明。
玄関式台は欅材を用いて、格天井とする立派なもの。玄関屋根の千鳥破風には彫刻も施されている。但し、材の雰囲気からして古材を再利用したものと推測される。客用の厠等は建前もしっかりしており、スペースも割かれている。
一方、座敷の欄間は糸鋸で板を切り抜く程度の簡素なもの。
これらの様子から、主屋再建時の明治33年には、全国持丸長者鑑の総後見人として別格の扱いを受けた威勢は失われ、既に没落期に入っていたものと思われる。

屋敷は西を正面とし、北側に石段を設け、その先に稲荷社を祀る。


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