足羽家住宅
Asuwa



 
★足羽家の祖・将監重成は越前国足羽郡に住し、国主・朝倉家に仕えた武将。
 永禄年間に主家が滅亡したため、天正年間に二部に来住。現在の屋敷地背後にある要害山城を居住した。
★江戸初期には出雲街道の整備に貢献し、出雲領主で富田城を拠点としていた堀尾家や米子藩主の中村家の旅宿を勤めた。
★寛永15年以降については、新たに出雲藩主となった松平候の本陣を勤めた。
★本来の生業は問屋業と鉱山業で、周囲の山々で盛んに行われた鑪製鉄師であった。
★二部宿は出雲街道の宿場町で、日野川の氾濫による川止めを嫌う旅人たちの山回りの迂回路として賑わったらしい。
★現在残る建物は主屋のみであるが、主屋の背後地に明治以降に改変された広大な庭園用地が広がっており、恐らく本陣建物は主屋の背後地に別の建物があったのではないかと思われるが、確かな記録はない。
★主屋は正形六間取の間取りで、座敷空間は格調高い。


 

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