春林軒
Hanaoka Seisyu's house



 
紀の川市指定文化財
和歌山県紀の川市西野山473
建築年代/文化元年(1804)
用途区分/医師の住居兼病院、医学校
公開状況/公開 【青洲の里】

中世以来の紀伊八荘司の系譜を引き、藩政期には大庄屋・地士頭を務めた名家・妹背家から嫁いだ妻・加恵の献身的な協力により、曼荼羅華(朝鮮朝顔)を素にした麻酔薬「通仙散」の開発に成功、文化2年(1805)に世界で初めて全身麻酔によって乳癌手術を成功させた華岡青洲の居宅である。医聖として崇められることもある華岡青洲については、むしろ昭和41年に刊行された有吉佐和子の小説「華岡青洲の妻」により、その名を知った方も多いのではないかと思われるが、とにかく手術の成功により青洲の名は全国的に知れ渡り、教えを乞う門人達の急激な増加により、整備したのが当住宅という訳である。実際、青洲の存命中の塾生数は1033人程にも及んだとの事である。春林軒と称される屋敷は青洲の住居ながら病院兼医学校の側面を併せ持ち、、主屋の他に薬調合所、用務室、病室、米蔵兼看護婦棟、物置、蔵など9棟の建物群から構成される。残念ながら主屋と蔵を除いた他の付属建物群は全て発掘調査に基づく復元建物で、主屋についても大正12年に隣の粉河町に移築されていたものを、平成10年に再び当初位置に再移築したものである。故に青洲が没した天保6年(1835以降、薬草等を保存したという蔵のみが現在地にずっと残り続けていたということになる。


 

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