春木家住宅
Haruki



国指定民俗文化財 (昭和52年6月14日指定)
石川県加賀市大聖寺敷地町子8
旧所在地・石川県小松市新保
建築年代/江戸時代
用途区分/山村農家
指定範囲/主屋
公開状況/公開 
「白山麓の山村生活用具及び民家」として白山麓で営まれた山樵、木工、狩猟、漁撈、焼畑農耕に用いられた民具2638点とともに民俗学的見地から指定される山村農家である。現在は加賀市郊外の中央公園に移築されているが、当初は小松市南方の福井県境に聳える大日山東麓にある新保村に所在していたという。この地域は戦後の暫くまで「親っ様」と称される大地主から山林を借り、焼畑等により零細な生計を維持した「地内子」の存在で知られ、住宅は出作り小屋を改良して永住家屋としたものである。


春木家住宅は小松市南方の大日山東麓の新保集落からの移築したもの。
新保集落には現在、那谷寺に移築され普門閣として利用されている同姓の春木家住宅があるが、全く別物である。普門閣が江戸時代の白山西谷の五箇村の代官庄屋を務めた大地主、地元では「おやっさま」と称される身分の北陸屈指の住宅とされるのに対し、当住宅は「おやっさま」が所有する山林を借り、山中に籠って焼畑等によって細々と生計を維持する季節出作り小屋を永住家屋に改良したとされる粗末なもの。当住宅を鑑賞するに当たっては、この驚くほどの身分差による住宅の違いを知っておくべきである。(ちなみに庄屋・春木家は祖先は親鸞に従い諸国遍歴したと伝えられる性善坊と称される人物で、当地で道場を開き、周辺住民に説法し、浄土真宗王国の一端を担った家柄である)

移築時は春木作治氏の所有であった。現在建物内部には筋交い補強が施され、なんとか維持されている状況。少し痛々しい。


 

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