東桂苑
Toukeien



関川村指定文化財 (昭和60年4月24日指定)
新潟県下関906-2
建築年代/明治38年(1905)
用途区分/村長
指定範囲/主屋
公開状況/公開(一部は飲食店として使用)
国の文化財に指定される渡辺家住宅の東隣に明治38年建てられた分家住宅である。
渡辺本家8代の善保の四男であった善俊は、本家10代善郷が幼少の頃、後見人として家政の運営を任されたばかりでなく、9代善一の後を継いで下関村庄屋となり、時代が明治に入ってからも関村の初代村長として活躍した。そうした多大なる貢献から分家を許され、明治38年に建築した住宅が当家である。東桂苑という名称は昭和57年に村有化されてのちに愛称募集により付けられた名称であるが、渡辺本家が屋号を本桂屋、分家が東桂屋と称したことに由来している。
下越地方の名家として名を轟かせる下関村の渡辺家は本家は代々・三左衛門を名乗った。4代・三左衛門の時、次男・儀右衛門を上関村に、三男・儀左衛門を街道向かいに分家させている。当住宅は、儀左衛門家の系譜を引く分家住宅である。寛政7年(1795)に蒲原郡中島村(現・水原町)から斎藤利助を養子として入った3代・儀左衛門は、本家向いにあった屋敷を本家東堀を隔てた位置に屋敷を移し、これが現在の東桂苑に繋がる。5代・儀左衛門の後は後胤が続かず、本家9代・三左衛門は弟の善俊に儀左衛門家が継がせるつもりであったが、本家10代当主が幼少であったため後見に入り、庄屋役に引き続いて関村初代村長となり、その後に新たに分家して儀左衛門家の跡地に主屋を建築した。これが明治38年(1905)のことである。


敷地面積は約1650坪、木造二階建、寄棟造桟瓦葺の主屋の建築延床面積は約177坪にも及ぶ。建物は凹形で、建物中央部に配される大戸口から内に入ると、横長の土間が拡がり、その右側裏手の突出部に客用の座敷、左側裏手の突出部に家族部屋や台所を配し、両者の接続部に主人の居間や茶の間を置く。渡辺本家と異なり、生業に関わる建物が一切なく、広大な敷地に主屋だけが残る様は少し寂しい。





 

一覧のページに戻る