島松駅逓所
Shimamatsu relay station



 
国指定史跡 (昭和59年7月25日指定)
北海道北広島市島松1-1
建築年代/明治6年(1873)
用途区分/農家・駅逓
残存建物/主屋・
公開状況/公開
駅逓所とは幕末から昭和22年の制度廃止に至るまでの北海道開拓期において、交通不便の地に駅舎と人馬を置き、旅行者の宿泊や物資の運搬の便を図った施設である。当住宅は札幌と函館を結ぶ札幌本道沿いの島松地区に設置された駅逓所であるが、そもそもは寒地稲作に成功し「石狩水田の祖」と称された中山久蔵氏が明治6年に建てた自邸であった。明治14年の明治天皇北海道巡幸に際しては昼行在所に充てられた住宅は、同17年に久蔵氏が駅逓取扱に任命された事に伴い駅逓所となったという。



当住宅を建てた田中は、北海道内では不可能と云われていた稲作を普及させた人物。函館周辺の一部地域のみで行われていた稲作を石狩平野でもできないかと試行錯誤を繰り返し、温水で苗を育てるなど苦労したが、ついに成功。
上手の座敷部は明治天皇行幸時に増築されたもので、休憩所として用いられた。その後この部屋には賽銭箱が置かれ、座敷前庭には鳥居が建てられ、神社の様に参拝されたというエピソードもある。


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