教室で考えたあれこれ記

          百ます計算論争


 ご存知、百ます計算。陰山メソッドの目玉とも言うべき、あの100個の計算練習を、ますを使ってする練習です。僕は4年前から、子どもたちに授業の中でさせてきました。とはいえ、学年によっても場面によっても、使い方はいろいろでしたし、百ます計算自体よくないという意見も聞いたことがありました。また子どもたちも使い方によっては、いい反応をしないときもありました。そこで、ここでは、百ます計算について考えていきたいと思います。


 僕は、一桁の足し算や九九はやはり暗記するべきだと思っています。7+6は理屈ぬきで13と答えられたほうがいいに決まっています。頭の中で、6を3と3に分けて、7と3で10、あと残りの3があるから13とやってもいいのですが、一桁の足し算は45通り全部覚えれば、条件反射でその後の計算がスムースにできますよね。高学年でも、時々8+9は18とか言っている子を見ると、やっぱりせめて一桁の計算ぐらい完全に一瞬ででてくるようには訓練してあげないと、その後の本人もつらいだろうなと思ってしまうのです。九九も正確に出てこないと、割り算の筆算も分数の計算もみんなつまづいちゃいますよね。やっぱり丸暗記も必要悪だと思うのです。


 ところが、この百ます計算を4年生にしばらく続けさせたところ、だんだんいい顔をしなくなってきました。どうも4年生ぐらいだと、ただひたすら計算するだけ、というのは魅力に欠ける学習のようでした。6年生にさせた時は、ある程度頭の体操ぐらいに思って取り組んでもらえたのですが、4年生には今ひとつだったようで、一週間ほどで中止してしまいました。実は、4年生ぐらいだと本当に差がありまして、3分程度で終わってしまう子から15分かかる子まで様々で、すぐ終わってしまう子に特に不評だったのです。もちろん、後で書くように、「前日の自分のタイムと比較するんだよ」とやらせてはいたのですが、あんまり子どもにその意識付けが出来なかったように感じています。(後に『ミニネタで愉快な学級創ろうよ』の本に、絵の出る百ます計算が載っていて、あの時これを知っていればと思いました。)
 逆に1年生には、これはいい教材だと思います。かつて、1年生を持ったときは、20パターンぐらいつくり、毎日取り組みました。15分という時間を区切り、こちらでタイムを測って終わったら手を挙げさせ、タイムを伝えます。子どもには、「他の人との競争じゃないよ。昨日の私に勝つようにがんばろうね」と伝え、とくに遅い子を「〜さん、昨日より早くできるようになったね、すごいじゃない」と大げさにほめるようにしました。どの子も意欲的に取り組み、余分に刷った問題用紙も、「おうちで修行したい人は持って帰っていいよ」と言うと、自分から持ち帰り家でも取り組んでくる子がたくさんいました。
 ただ、百ます計算をされている先生ならお分かりだと思いますが、あれって丸付けをきちんとしようとすると大変ですよね。ぼくもしばらくは、30人分を丸付けするのに追われていました。1年生ですから○は自分じゃつけられないだろうと勝手に思っていたのですが、ある時一人の子が、「家で計算機で答え合わせしたよ」と○をつけた百ます計算を持ってきました。「なるほど!その手があったか」と思わず叫んでしまいました。そうです。1年生にも、計算機ならすぐ扱えるのです。さっそく教室に計算機を持ち込み、使い方を教え、時間内に出来た子には、自分で計算機の練習もかねて答えあわせをさせてみました。これは、ナイスアイデアでしたね。また、時には友達と交換して、答えあわせをしながら、もう一度計算練習を頭の中でさせることもしました。


 こんなふうに、とてもいいと思っていた百ます計算ですが、ふとネットを見ていたら、この百ます計算にも賛否両論があることに気づきました。反対派の意見もいろいろ読ませていただいて、なるほどと納得させられるものから、それはちょっとと思うものまでいくつかあったので、紹介しながら考えてみたいと思います。


 「百ます計算は、強制的な訓練で、競争教育の復活である!」という意見。曰く「子どもの人権を否定するような競争はいけない」。あれまあ、競争させるようなものはすべからくだめなのかしら・・・。きっと徒競走だって・・・・。まあ、これはいくらなんでもと思いますよね。競争も一つの動機付けにはなりますから。ただ、気をつけなくてはいけないとは思います。百ます計算は時間を測る場合が多いですから、下手すると子どもは、他の人と競争し優劣をつけるものだと感じてしまいます。確かに、これは本来の目的ではないですよね。あくまで、昨日の(前回の)自分と比べるという前提にしないと、「百ます計算は、時間を測るから、子どもの精神面に悪影響がある」なんて言われちゃいますね。


 「百ます計算をやめた理由」をいろいろと述べている人たちもいます。『トライアングル・ナンバーズ』を提唱されている人たちです。『トライアングル・ナンバーズ』に関しての説明はここでは割愛させていただきますが、ある程度、納得いくものもありました。
 「百ます計算は、計算速度ではなく、数字を書く速さが限界」「乱雑な数字を書くようになる」「計算する数字が上と横と離れていて見にくい」「答え合わせに時間がかかる」「筆算すべき計算まで暗算するようになる」「毎回作る必要がある」「掛け算の百ます計算は、九九をすべて覚えていないとできない」とまあ、こんな感じです。たしかに、それぞれ当たっている部分はありますが、大切なのは、百ます計算は、計算練習をさせる一つの方法だということかと思います。これだけではダメなのは百も承知で、使っているのですよね。


 「百ます計算が3分以上かかると、計算ミスが増え、5分を超えると、桁数の多い筆算が多い筆算ができない」と聞いたことがあります。確かに、そんな気もします。時々定期的に、子どもたちに計算練習の一つとしてさせたいな、と最近は思っています。
 TBSの『花まるマーケット』でも、百ます計算が取り上げられていました。「百ます計算は、脳の準備体操になり、実際に子どもも成人も計算したあと記憶力が20%ほどアップした」と紹介されていました。そうか、脳の準備体操、そんな捉え方でもいいかとも思いました。
 とにかく、子どもたちに基礎基本を大切に、という時代です。せめて一桁の計算や九九ぐらいは正確にというのは、僕らの本当に最低限の義務だと感じます。百ます計算はその手段の一部だとこれからも捉えたいと思っています。


                                            2003・10・10

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