◆ 刻 薄 ◆



ランスロットは半年も前の出来事にまだ心を彷徨わせていた。

彼女の長い髪を梳き、愛しんだと同じ手で、彼女の命を奪った罪を忘れる事が出来ず、ランスロットはひたすら自身を責め、蔑んだ。

命令だったのだと割り切れてしまえば少しは気持ちが楽だっただろう。

指先にはまだ肉をえぐる残酷な感触や冷たくなっていく彼女の体温が残っている。

何度忘れようとしても叶わないまま、その痛みと共に生きてきた。

今は自分が忘れない事だけが、墓標すらない彼女の魂を慰める気がしている。

…なんて薄情で残酷な男だろうとランスロットは両拳をきつく握った。

掌に、長くもない爪が食い込んで皮膚を破く。

「レティシア殿…。レティ…シア……。」

ローディスの動きが活発になってきた事でゼノビアはにわかに緊張している。

ランスロットはそうした中で徐々に彼女のいない時間に麻痺するように慣れて行った。

圧倒的なカリスマ、戦いに怯む事無く立ち向かう勇敢さ。

…時折見せる女性らしい心遣い。

失ってから気付いた彼女の存在の大きさ、そして愛。

ランスロットは見かけ精力的に国に尽くしていようとも、その心は冷たく凍りついていた。

「貴方がいない世界など空虚なものだな…。」

時折絶望を吐いては、ランスロットはうなだれた。


彼女の誕生日だと聞いた日に、ランスロットは彼女が使っていた部屋へ訪れた。

今は誰も使う事無く放置されている一室で、誰も立ち寄らないため、家具などは薄っすら埃をかぶっている。

彼女の存在をこの世界から消すためにほとんどの遺品が焼き払われたそうだ。

ランスロットはその場にはとても立ち会うことなど出来なかったから知らないが、小さな炎で事足りる程度の荷物しかなかったのだという。

果てに待つ死に、聡明だった彼女は気付いていたのかもしれない。

ランスロットは首を振って、その思考を閉じた。

「レティシア…。」

両目に焼き付いている大輪の花のごとき彼女が愛しい。

そしてその温もりを感じる事も出来なくしてしまった自分が憎い。

ランスロットはベッドに手をかけた。

バサリと冊子が落下する音がしてランスロットの気を引く。

手を伸ばして拾い上げたそれは、手記であった。

偶然に次ぐ偶然が、それをランスロットに届けたのか、それとも全てを焼き払うのに反対だった者が、密かに残したのか。

どちらにせよそんな事はランスロットには関係なかった。

彼女が生きていた証がひっそりとここにあった事に、感謝しながらページを手繰った。

ほんの数行ずつの短いまとまりで約半年弱にわたる彼女の懐かしい彼女の筆記に、自分の字は下手だから好きじゃない、と口を尖らせた幼い顔を思い出す。

しばらく忘れていた優しい笑顔が、ランスロットに浮かび、もう決して戻れない愛しい思い出が一つ一つあせた色を取り戻し始めた。

その手記を読む間は、ランスロットはまるで昨日の事のように、過去を彷徨った。



素っ気ない記録の束だった手記が、少しづつ形を変えて感情を抱くようになった頃、ランスロットは自分の名前を見つけてわずかばかり目を見開いた。


『ランスロット』


途端に脳裏に彼女の声が鮮明に蘇って、泣き出したい思いに身体を震わせる。

ゼルテニアでの出会いから始まり、悲しみも喜びも分け合った日々は早、帝国の終焉とゼノビアへの帰還へ…。

ランスロットの目が見開かれ、ページを手繰る指がぴたりと止まった。

手記の最後を締めくくる言葉が、黒くぐしゃぐしゃに塗りつぶされていた。

下に薄ら見える言葉は―――。




精悍な、ランスロットの顔が歪む。

「私も君の事を…真実、愛していたよ…。…レティシア……。」




もう既に"それ"は、伝えるはずだった人を永遠に失っていて、言葉になる前に死んでしまった綺麗な音に過ぎなくなってしまった。

ゼノビアの為に自ら持てる全ての力を注いで戦った彼女への報いが死であったのは何故なのだろう。

どうして。

愛しい者の手記が滲み、やがて溢れた。

どうしてあの時、彼女の手を取ってやらなかったのか。

いや、こう思う今でも、その時に戻れたとして自分が国家よりも一人の女性を選べただろうか疑問だった。

それでもおもわずにはいられない。

残る想いは後悔ばかり。

静かな嗚咽が、彼女への鎮魂歌のように夜に溶けて行った…―――。




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HANGEDMAN E・Dの補足。ただランスロットが後悔していくだけの話でした。
暗いだけで救いようがなくてごめんなさい。
最後の「おもわずには〜」は、「思う」か「想う」か、どちらを当てて良いのか自分でもわからないので、
漢字はあえて使いませんでした。意味的にはその両方…なのかな。