◆ HANGEDMAN ENDING ◆

 


神聖ゼテギネア帝国を打ち倒し、トリスタンらは再びゼノビア城に戻った。

結果、ゼテギネア領も新生ゼノビア王国の一部となり、ゼテギネアの民たちの反発が予想される。

だがまずは戦勝の宴である。

失われたと思われていたグラン・ゼノビアの血筋は人々に希望と活力を与え、祝いをより大きなものにしていた。

皇子の存命、ゼテギネアからの解放…万事良い方向に進んでいくと、誰もが思い祝っている。

やがて日が落ちても民衆たちは祝杯を上げ、宴は止まる事を知らぬかのようだった。

―――しかしこの革命戦争の最功労者とも言えるリーダー、レティシア・ディスティーの名は民衆の多くは知らないのである。

 

レティシアは気が進まないながらも、ラウニィーとの約束を果たして淡いパステル・イエローにややハッキリとしたオレンジ色の縁取りのドレスに身を包み、宴に出席していた。

焔の様に紅い髪は、高い場所で括って花で飾ってある。

ランスロットが警護の為に席を外している事もあって、なんとなく気分が乗らないままにレティシアは壁の華になっていた。

その姿を見つけてカノープスが寄ってくる。

戦中には見た事も無い豪奢な首飾りで胸元を飾っている。

「どうした、レッティ。…何だ、まだ呑ってないのか?」

「あのなぁ、人を酒呑みたいに言わないでくれるか。」

といいつつ、その手はカノープスからグラスを受け取っている。

実はキライじゃないのだから、特にどうこう言える立場では無い。

「馬子にも衣装だな。それなりに似合ってるぞ。」

「…誉めるなら素直に誉めなよ。本音からの言葉だとしても、感謝し辛いだろう?カノープスもその首飾り、カッコイイよ。首飾り。」

「言うよな、お前も…。」

「お互い様。」

言って二人は顔を見合わせて笑った。

「…で、これからお前は?ランスロットの野郎に嫁入りするか?」

「何言ってンの。そうしたいのはやまやまでもね、柄の悪い人達からのスカウトが多くて…。小心者の私としては、長くここには留まれないかも。」

冗談めかしながらも、レティシアは真面目に返した。

実際レティシアを王座に据えようとする動きが水面下で活発化し始めていた。

「そうか。」

言いながら、馬鹿な話しだと苦った。

あのゼテギネアを打ち破る事が出来たのは誰が居たからだと言うのだ。

彼女はよくやった。

もうゼノビアから開放されてしかるべきだろう、とカノープスはレティシアを見下ろした。

その悲哀のこもった眼差しを受けて、レティシアがニヤリと意地の悪い笑みを浮かべてサッと胸元を両手で覆った。

「スケベ。見てたろ。」

「ば…馬鹿ヤロー!誰がそんな貧相なものに見惚れるかッ。」

一瞬の間を置いて、カノープスが全力で否定した。

もちろんレティシアも冗談で言い出した事なのだが、そのあんまりな物言いにカチンと来てカノープスの足を力一杯踏みつけた。

「ぎゃああああっ!!」

「…あ。」

忘れていた。

今の自分はハイヒールなんて物を履いていた。

 

旅支度を終えたレティシアは裏門へ続く回廊を歩いていた。

誰にも別れを言い出せないのは寂しくもあり、悲しかったが、宴の最中しか自分が誰にも知られずに旅立てる機会は無いと思った。

レティシアはドレス姿をランスロットに見てもらえなかったことを残念に思いながら、脱ぎ捨てた事を思いだす。

二十歳近くも年上の彼に恋をしている事を、亡き兄がいたなら、なんと言っただろう。

「…きっと、"お前は目が高い"って言うわね。」

桜色の唇に笑みが浮ぶ。

大ホールでは宴の騒がしい声や音楽が漏れ聞こえ、レティシアを引き止めようとする。

「さよなら…。」

振切る様に呟いて、走り出そうとする。

だが月明かりだけの薄暗い回廊の少し先に、警備の者とは違う2人組を見つける。

「……トリスタン皇子、ランスロット…?」

2人それぞれに、何かにじっと耐えているような悲壮な決意がある。

レティシアは全てを理解した。

だが…信じたくない。

引きつったままの顔が歪む。

レティシアの様子を見て何かを言いかけたトリスタンは、結局言葉にせずに口を噤みうつむいた。

ランスロットの月明かりに照らされた刃は獰猛でグロテスクに見える。

「お許しを…。」

何故彼が手を汚さねばならないのか…。

レティシアは、高潔な彼の魂を汚してしまう自分を呪った。

ランスロットの呼吸は珍しく乱れていた。

いつもは迷いのない真直ぐな瞳が、レティシアから目を反らせたいのを懸命に堪えて淀んでいる。

そう、ランスロットは初めて命令に従うべきかを迷っていた。

主命と情との間でひどく悩んでいる。

レティシアは裏切られてなお、ランスロットを想った。

「ランスロット…。」

返事はない。

「自らが選んだ道を、決して迷うな。主を間違えずにどうか真直ぐに進め……ゼノビアの騎士よ。」

レティシアは静かに言った。

今でもランスロットにとってレティシアの一言は絶大な効力を持って響く。

ランスロットの瞳が絶望に染まる。

「ランスロット!」

トリスタンの一言に押されるようにしてランスロットはレティシアに向かい、剣を構えて走り込んだ。

レティシアも短剣を手にランスロットを目掛けて走った。

 

 

 

 

 

 


ランスロットは一生涯その手応えを忘れる事が出来なかった。


愛する娘の命を絶つ手応えを。

 

 

 

 

 

 

レティシアの両手はランスロットの背中を愛しげに抱きしめていた。

「……ランス…ロッ……。」

好きな男の胸で死ねるなんて、なんと言う幸せな死に方だろう。

レティシアの頬に熱い雫が落ちる。

それがランスロットの流した涙だと気付くのにそう時間はかからなかった。

レティシアは溢れる愛しさに胸を詰まらせる。

「どうして、剣を引いたり…なんて…。」

レティシアの技量なら返り討ちにする事だって出来た筈だ。

「………って……。」

気管に詰まった血が声を遮った。

…だって、貴方が私を傷つけたとしても、私は貴方を傷つけられない。

言葉にする事も叶わぬままに、とうとうレティシアは死神の手を取ってしまう。

ゆっくりと瞳が濁り、かつて皆が愛した輝きが失われて行く。

「あ…おおっ、神よ…!」

ぼやけていくランスロットの顔を、レティシアは最後まで見詰めていた。

そして祈る。

どうかこの事が貴方の道を塞ぎませんように。

どうか…………。

 

 

「良くやった、ランスロット。」

トリスタンの言葉にも苦いものはあった。

だが、ランスロットはトリスタンの言葉に灼熱の怒りを覚えた。

トリスタンを憎みはじめた、と言っても過言ではあるまい。

ランスロットは冷たくなって行くレティシアの身体をかき抱いたまま嗚咽を漏らしていた。

何故こんな事になってしまったのか。

新しい国が貴方を必要としなくても、私には貴方が必要だったと言うのに。

殺すべきではなかった。

殺せと言ったのは確かにトリスタンだ。

しかし手を下したのは紛れもなく自分だ。 間違いなく、自らの意思であった。

なくした者の重みは計り知れない。 いっそ気が狂ってしまえればどんなに楽だろうか。

ランスロットの心は千々に引き裂かれていた。

 

  

 

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そして裏門の先ではアッシュがレティシアを待っている…「あれ〜、まだ?」みたいな。
とか言って雰囲気ぶち壊し(笑)。
さて解説(ネタばらし)します。
 「自らが選んだ道を…ゼノビアの騎士よ。」は最後の「ゼノビアの騎士」が最重要ポイントでした。
 あの場面で「ランスロット」と呼び掛けるとランスロットは更に苦しみます。
 何故かと言うと、「ゼノビアの騎士」=トリスタンが主である、と言う意味だからであり、
 それを「ランスロット」と呼ぶと、反乱軍でのランスロット=レティシアがリーダーに結びついてしまうのです。
 最終的にランスロットを狂わせるのはレティシアだと言う裏意味を込めました。
 
 そしてレティシアは短剣を手にしてランスロットに向かいましたが、一度たりとも刃は交えていません。
 真直ぐ、ランスロットの胸 目掛けて走っただけです。
 ここを解説するのは、私の文章ではわからないだろうなーと思ったからです(- -;)。