戦 車

「 THE CHARIOT 」

 

 元帥杖はいたってシンプルな杖だった。
が、遠目には飾り気のない真っ白な杖も、近くに寄って見ればゼノビア国王の代紋が彫られていることがわかる。
 この杖を持つものは、ゼノビア国王の代理人であり、全権委任を受けている証なのだ。
 即位式に引き続いて行われた閣僚の任命式で、トリスタンの差し出したそれを、セレスティアは一瞬だけ躊躇した後で受け取った。
 自分はここにいていいのだろうか。
 全ての戦いが終わった後、彼女の胸に去来した思いはまずそれだった。
自分は平和になったゼノビアには必要ないのではないか。
その思いは今も胸から消えていない。
 後のことはトリスタンたちがやってくれる。
自分はこの地を去るべきではないのだろうか……。
 
「どうした?」
 セレスティアは声をかけられて、はっと我にかえった。
 トリスタンの即位を祝って開かれた舞踏会。
もちろん主役はトリスタンと、王妃となることが決まっているラウニィーだが、元帥にしてゼノビア王国軍総司令官たるセレスティアとて、重要人物であることに変わりはない。
人気のないバルコニーで、のんびりしていいわけはなかった。
 振りかえると、ランスロットが立っていた。
彼女自身は軍の華麗な正装を身につけているが、会場の警備責任者でもあるランスロットはいつもの青い鎧のままだ。
「ちょっと風にあたっていたの。」
 握ったままの元帥杖を照れくさそうに腰に戻す。
 ランスロットは彼女の隣にやってきて、手すりにもたれかかった。
 二人で並んで暗い庭園を見る。
内戦の間に荒れ果ててしまった庭園も、反乱軍のゼノビア城奪回後から少しずつ手が入れられた結果、かなり緑が戻ってきた。
そのうちに、元の美しいたたずまいを取り戻すだろう。
「疲れてはいないか?」
「大丈夫よ。」
「せっかくの舞踏会なのに、鎧を着なければならないとは。」
「仕方ないわ。私は将軍なのだし、近隣諸国の軍関係者と会談するのに、まさかドレスというわけにもね。」
 ランスロットに向けられていた視線が、一瞬彼からはずれて庭へと泳ぐ。
「…まだ、迷っているのか?」
 心配そうな顔の騎士。セレスティアは嘘をつけなかった。
「自分がどうしたらいいかわからない…。戦っていたときは、ゼテギネア帝国を倒すためという目標があったけれども、平和になってみると、するべきことがわからないの。つくづく、戦争向きの人間なのね。」
 賑やかな音楽が大広間に流れている。中央で踊るのはトリスタンとラウニィーのカップルだ。
戦の中で思いをよせあった二人は、近々結婚することになっている。
「平和もいつまで続くかわからない。北の強国ローディスがこの大陸を狙っている以上、誰かが国を、民を、大地を護らなければならない。そのことはわかっているんだけれど…。」
「…悪かった。」
「え?」
 思わぬランスロットの言葉に、セレスティアは驚いて隣に立つ彼の顔を見上げる。
「君を将軍にしようと、陛下に推挙したのは、私だったんだ。」
「あなた…が??」
 意外な言葉だった。
 セレスティアが将軍職についたことで、一番わりをくったと言われていたのがランスロットだったのだ。
アッシュは既に年老い、濡れ衣とは言え裏切り者の汚名を帰せられたこともある。
ギルバルドは帝国に仕えていた。
カノープスはなにより本人が軍全部をまとめるような仕事にむいていない。
ウォーレンは魔術師で宰相になるといわれている。あとのものはゼノビア出身でない。
そのため、彼女さえいなければ、元帥杖はランスロットのものだっただろう。
 彼自身にそのような野心がないことは知っていたが、任せられれば、責任をもって勤め上げただろう。
実際、セレスティア自身も、トリスタンやウォーレンにはランスロットを推薦していたのだが…。
「君がいなくなるのを止める方法が他に思いつかなかった。」
「どういうこと?」
「戦いが終わってしまえば、君はゼノビアにいる必要がなくなったと思って、この地を去ってしまう。私はそれが怖かったんだ。」
 言葉の意味はわかる。意味はわかるが…。
「わからない。」
 そう。何を彼が言おうとしているのか。
 ランスロットがじっと彼女の瞳をみつめた。
暗い色の瞳の底は、彼女に読み取れないほど奥深い。
これまではその奥深さに阻まれて、ランスロットの本心を知らずに来た。
 いや、知るのが怖かったのかも知れない。
 自分が彼に惹かれているのは知っていた。
だが、彼には既に亡くなったとはいえ、妻がいた。
それに一軍を率いる将としての責任が自分にはある。
彼一人に心を向けすぎることは許されることではなかった。
 それを言い訳に、今まで彼の心に触れずに来た……。
「君にここに…私の側にいてほしかった。戦いが終わっても。だから…。将軍になれば、君はゼノビアにとどまってくれるだろうと思ったんだ。」
「……。」
「でも君に責任を押し付けるべきではなかった。君は十二分に戦ってくれた。平和になった今は君を解放するべきだったんだ。君を苦しめることは…。」
「ちょ、ちょっと待ってよ。苦しむだなんて、そんなわけないじゃない。」
 セレスティアはあわてた。
「私を気遣ってくれるのは感謝するけれど、あなたがそんな気に病むことじゃないわよ。大丈夫。ちょっと不安になっていただけだから。」
「もしも、嫌になったらいつでも将軍などやめてしまって構わない。私も陛下も、君を苦しめたくないのだから。」
「大丈夫よ。」
「私はいつでも君の力になる。私の命はいつまでも君と共にある。」
 それは出会った時、最初に言われたのとほとんど同じセリフだった。
『ゼテギネア帝国を倒し、真の平和を手にするまで、我らの命、君と共に……! 』
 セレスティアは思い返した。
 ランスロットはいつでも彼女の隣にいたのだ。最初から。一番最初に彼女をリーダーとして認めてくれたのは彼だった。
 そして、平和となった今でも、彼は自分の側にいてくれると言う。
「ありがとう。ランスロット。きっとわたし、この先もあなたに頼りっぱなしね。」
「いくらでも頼ってくれ。」
「じゃあ、お言葉に甘えて。」
 セレスティアのおでこがこつんとランスロットの鎧に押し当てられた。
ランスロットの赤いマントがさっと広げられて、彼女の体がその中に抱き寄せられた。
 ランスロットがこんな大胆なことをしたのは初めてだった。
もっとも人前でなかったからかもしれないが…
「ねえ、言って。」
 何をとは言わない。
ランスロットも言われるまでもなくわかっているのだろう。
だが、まるでじらすかのように尋ね返してくる。
「何を?」
「わかっているくせに。」
「ああ。」
「だったら言ってくれたっていいじゃない。」
「言わないでおこうと思っていた。」
「何をいまさら言っているの?」
「それもそうだ。」
 苦笑するランスロット。彼女の顔をそっと両手で包み込むようにして上を向かせた。
「私は君を………。」
 
 
「ちぇ、言っちまったか。」
「賭けはあたしの勝ちネ。カノープス。」
「お前知ってたのか?デネブ。」
「女のカン、よ。」
 庭園の茂みの影でお邪魔虫の集団がぼそぼそとしゃべっている。
 バルコニーで口付けを交わす二人はすっかりお互いに夢中になって、カノープス、デネブ、アイーシャの3人には気がつきもしない。
「ところでどうしてわたしたち、こんなところでデバガメやってるんですか?」
 アイーシャが小声でひそひそとささやく。
「トリスタン陛下に言われてるんだ。あの二人の仲を確認するようにってな。これも立派な王命さ。」
「どうして陛下が?」
「さあね。ダブル結婚式でもやりたいんじゃなあい?」
 デネブの言葉が案外的を射ているのかもしれない。
「…なんだかそれ、すごく楽しそうですね。」
「デショ?」
 
 

 神聖ゼノビア王国は聖王トリスタンの元、長きに渡る繁栄の基礎を築いた。
その片腕として史書に名を記されるセレスティア将軍は、ローディスとの戦争で指揮をとり、三度にわたる対ローディス戦で三度とも勝利をおさめたという。
 セレスティアと騎士団長ランスロットの婚姻は周囲に祝福された。
生まれた子供は最後のオウガバトルと呼ばれた天地の最終決戦で、重大な役割を担うことになる。


 


〜Fin〜

 

 


この小説はしべり様から頂きました!
私が伝説で最もハッピーエンドであると信じてやまないエンディングです
なお、この小説はしべり様の所の長編小説主人公とは別人とお考え下さい。

2人に子供が出来たというエピソードもさることながら、
---子供は「ランスロットに良く似た男の子」と決めております(笑)---
しべり様のメールに書かれていたこの一言に、更に悶えました(笑)。