四谷で手を合わせた話


2025年5月19日(月)

AM9:00にMリンと「ゴジラのホテル」を

チェックアウトすると、外は昨日と違って

曇っていた。今にも雨が降りそう。

気温も10°くらい違う。肌寒い。

「I LOVE 歌舞伎町」のロゴの文字をバックに

朝、写真を撮るアホな私。

道路は相変わらずゴミだらけ。

さらにオールをしたのか3人の若者メンズが

騒いでいる。朝から元気過ぎてこっちの気が滅入る。

私達は、ほぼ寝ていなくて、睡眠不足。

AM2:00にホテルの窓の外を見たら

まだまだGタクシーが行き交っていたの。

これは普通の光景なのか。

さすが「眠らない街」だね。

散らかったゴミを集め、清掃活動のおじさん達が

あちこちにいる。朝から人が多い。

外人さんも多い。

行き交う人達は通勤なんだろうか?

これから私達は、新宿東口付近から、

丸の内線の地下鉄に乗り

ユッコちゃんが旅だった

「元・サンミュージックのビル」へ向かう。

丸の内の地下鉄は、あまり歩くことなく

すぐに駅の改札に辿り着いた。

電車は満員で「もしかして通勤ラッシュ」に

遭遇したのかと思った。

でも、3駅だけなので気にならない。

ちょっと話をしているうちにすぐに着いた。

「新宿御苑駅」で下りる。



生まれて初めて下りた駅。

同じ「新宿」でも、全然風景も街も違う。

まず、ゴミが落ちてない!道が綺麗!(そこか!)

そして、外は本格的な雨になっていた。

折り畳み傘を持ってきて良かった。

私の傘にMリンと二人で

相合傘をして歩く。

沢山のビルや、昔ながらのお店などが

並んだ街並みを歩く。

この駅をずっと歩くと公園もあるらしく

春は桜が綺麗みたい。

ユッコちゃんの命日が「佳桜忌」と


呼ばれるのが分かる気がした。

7分ほど歩くと、まもなく道なりに沿った

曲がり角が出てきて、その花壇が

ユッコちゃんが亡くなった場所。

グーグルマップで見たのと同じ風景。

花壇の後ろには「イエローラーメン」

ここの上が「元・サンミュージックのビル」

そして、そのビルの左側には「エッグタルト」のお店。

残念ながらまだ開店前で開いてなかった。

私は傘をMリンに渡し、花壇の上の葉っぱの所に

「ユッコちゃんへのメッセージ」と

「ユッコちゃんのプロマイド」を入れた

透明ファイルを置く。

そして、手を合わせて祈る。


そのショットをMリンが撮ってくれた。

ふと、後ろを向くとMリンも一緒に

手を合わせててくれた。ありがとう。

この日は、ユッコちゃんの命日でも

誕生日でもなかったので

私とMリン以外誰も居なかった。


四谷四丁目の交差点がある、

この「元・サンミュージック」のビルは

7階建てで、屋上には赤の文字で

「クリナップキッチン」と書いてある。

手を合わせている私の姿を

不思議そうに見る人も居なければ

指を差される事もないようだ。

ただスルーされるのだけは分かった。

それはそうだ。良く考えてみたら

ここは公衆の場!

手を合わせている私の写真を見たら


普通にトラックや車が行き来してる。

赤信号で止まってる自転車に子供を

乗せた人も映ってる。

四角のフォルムの中で

手を合わせる場所を間違っている私が

しっかり映っている。

私が目を閉じ、手を合わせているうちに

信号は赤から青になっていたらしく

車の動きが右にずれて映っていた。



ここが、毎年4月8日に

ファンが自然と集まってきて

この花壇の周りにユッコちゃんの写真や

パネル、そして「カフェオレゼリー」や

(グリコのカフェゼリーはCMで

ユッコちゃんがやっていた)

沢山の花を置く場所。

そして12:15に黙とうを捧げる場所。

今年で亡くなって39年。

その間もずっと毎年、ファンは四谷か

愛知県のお墓に集まり、四谷で集まった花束を

愛知県のお墓まで持って行ってくれる人達も

いるとか。全部SNS情報だけど。

でも、SNSのお陰で、「2007年から7年、ずっと

四谷に来てました」とHPを上げてた人、

「今年は四谷に100人くらい集まりました。


最近は外人さんや、10〜20代の若者も

増えてます」と言うアメブロ情報の人。

ユッコちゃんと仙台のエンドーチェーンで

握手をした事があると言う、

私とフォローし合ってるインスタのYさん。

色んな所で、ユッコちゃんの事が知れて

本当に情報化社会で良かった!

ネットがない頃も、四谷にも愛知県のお墓にも

今のように100人位集まっていたのかな?

昔はもっと多いかな?

39年経っても、「佳桜忌」に四谷に

警備の人達も来るって事は、

ずっとあの時から継続してるんだろうね。


オカルト女の私にとって、

ユッコちゃんが旅立ったこの場所は

「怖い」とも「嫌な感じがする」と言う事は

全くなかった。


あの衝撃的な映像が目に焼き付いて

怖いと思う事もあったけど

その場所が、今となっては書き消されて

むしろ、
ユッコちゃんファンの思いが癒しの

地盤を作ってくれているような気がした。

何故なら、手を合わせた後、

ファンの誰かも書いてたけど

気持ちが澄み切った感じの気分に

なったのです。


手を合わせ終え、そのまま信号を真っすぐ

進んで、今度は「クリナップキッチン」と言う

大きな看板をバックに、私はまた

写真を撮ってもらいました。

私たちが向かってきた「新宿御苑駅」からとは

反対方向の「四谷三丁目駅」からここに向かう時

この「クリナップキッチン」が目安になるらしく

このビルの2.3階が「サンミュージック」が

入ってた事務所らしいです。

そして、私が「ユッコちゃんへのメッセージと

ユッコちゃんのプロマイド」を入れたファイルを持ち

雨の中、力のない顔で写真を撮ってもらいました。

しっかり全身映るように撮ってもらったのですが

その写真に映った自分は、表情が暗く

風も吹いていて前髪はぺちゃんこ。

没にしたいショットになってしまいました。


帰りはこのままクリナップキッチンのビルを背に

ずっと直進すると、「四谷3丁目駅」に

着くようなので、また歩き出す。

先程よりもさらに雨は強くなり

このまま雨や風が強まって

新幹線が止まったらどうしようと

思いながら、Mリンと私の傘で

一緒に歩く。

すれ違う人達は傘を持ってない人も

結構いた。

この人達にとっては、この道路は

あのユッコの亡くなった場所へ繋がっていても

きっと「普通の通勤道」とか

「自宅から最寄り駅に行く道路」

と言う感覚でしかないだろう。

特別な道路に思えるのは

ユッコが好きだった人だけが思う事だろう。


丸の内線の目印が見えてきた。

ここ!ここの階段を下りると

四谷3丁目駅みたい。

ここから東京駅に向かおう。

私は一緒に来てくれたMリンに感謝した。

雨の中、私の写真を撮ってくれた

Mリン、本当にありがとう。

一人だったら、見知らぬ通行人の人に

頼まないといけない所だった。


そして、東京駅から仙台に向かう新幹線は

スムーズに動いていた。

ホームに向かったら、外は晴れていた。

ユッコちゃんのお参り効果だろうか。

私は清々しい気分になっていた。