キューピットさん


私が小学生の頃、「キューピットさん」と言う遊びが流行った。

みなさんご存知の「コックリさん」と同じ類の物である。

紙に「YES NO」を書いて、「あ〜わ」のひらがなを書く。

五円玉を二人で持って、私らの質問に「キューピットさん」が

答えてくれると言うもの。

「コックリさん」は怖いけど、

「キューピットさん」は怖くない。

みんなそう思っていた。

紙に書く内容も一緒なのに

呼び出す相手が「キューピットさん」だから

大丈夫と言う安心感があった。

この安心感がどこから来たのかは分からない。

でも、子供心にも「怖い遊び」と言う感覚があって

私は混ざらなかった。



しかし。中学生になり、隣の席の男子

村上君が男子5〜6人集まって

「キューピットさん」をしていた。

恋に部活に勉強に励んでいた(本当か?)私にとって

「キューピットさん」の存在自体が消去されていた。

だって「怖い感覚」がある遊びは

小学校の卒業と共に過ぎ去った過去と思っていたのだ。

しかし、今、私の隣の村上君を初め、

数人の男子が目の前でやっている事は

「キューピットさん」。

どんな事を聞いているのだろう。

好きな女子の事だろうか?

その女の子は自分をどう思っているか?

また、その女の子は好きな男子が居るのか?

聞きたい内容は男子も女子も同じ。

みんな、90%恋愛だ。


私は横目で彼らの行動をチラ見しながら

聞き耳を立ててみる。

すると村上君と男子達は

「えええ!!うそ〜!」と言っている。

なんだろう?ちょっと気になる。

「それはマズイ。出来ない」

男子達が暗い顔をして

顔を見合わせている。

一体何があったと言うのだろう?

キューピットさんをやっている人で、

これ以上のない笑顔で質問している人を

みた事も聞いた事もないが(居たら怖い。)

本当にこれはマズイみたいな空気。

私も、隣近所に居たクラスメートらも

「どうしたの?」と言い、その席に集まった。


聞けば、やっぱり最初は

「好きな女の子の事」を聞いていたらしい。

来てくれたキューピットさんは

村上君たちの質問に答えたのだから

それなりの恩返しをしろ!と言う内容らしい。

恩返しってなんでしょうか?と尋ねているうちに

「死んでくれ」とか「みんなで消える」と言った内容だと言う。

なにそれ〜〜!!キューピットさんって

そんな酷な事言う物なの??

私もビックリしたけど、村上君らを取り囲む集団と

それを見ていた私らを巻き込んで行く様な感じで

事は大きくなって行く。



とりあえず、これから授業が始まるので

キューピットさんに一旦帰ってもらうようお願いした。

また休み時間に呼び出しますと

言う内容でなんとか五円玉が止まった。

それをリアルに見ていた私も

クラスメート達も憂鬱な気分になった。


次の授業は数学だった。数学の担当のH先生は

新米先生で、私らと歳が10歳くらいしか変わらないものだから

気さくなお兄ちゃん先生として親しまれていた。

いつも授業を半分で、「怖い話して〜!」と言われたら

怖い話をしてくれる。窓際の席の生徒は

いつもカーテンを閉めるようになっていた。

こないだは徳永さんの「輝きながら」を熱唱してくれて

授業中大フィーバーだった。

しかし・・今日はみんなそんな先生のショーを(?)

期待する事もなく、本来あるべき姿の

普通の授業が始まった。

(私らの時って、もう校内暴力もなく平和だったのです。)

「どうした?みんな今日暗いな。先輩達にでも

なにか言われたのか?」

優しいH先生は私らにそう言った。

ううん。違うのだよ、先生。先輩たちに何か

言われたんじゃないよ〜〜!!

キューピットさんに、怖い事を言われたんだよ〜!!

いつもならもっと賑やかな授業も今日は

お葬式のように静かだ。



次の休み時間。また村上君を取り巻く集団と

何故か私らも「キューピットさん」に参加していた。

人間とは、怖いもの見たさと言う

欲があるのを改めて実感した。

さらに付け加えるなら、興味本位でする事とは

時にリスクが伴うものである。

男子二人が人差し指を五円玉に

添えて儀式(?)が始まる。


私は手を加える事だけはしたくない。

客観的に見ているだけである。

私もクラスメートらもそんな気分である。

今、ここには不思議な連帯感が生まれている。

クラスメートらが一丸になって

「キューピットさん」に意識を集中している。


合唱コンクールや、クラス対抗競技大会と言った事が

ないとまとまらないと思ったクラスが!

今、私らは青春をしているのだろう。

さて。このキューピットさん。

また呼び出され、不機嫌な様子。

・・・この呼び出しって、別な人(霊?)が来る事はないのだろうか?

もしかしたら別な人(霊)が来て、さっきの最悪状況を

取り消ししてもらえないだろうか?


しかし。今回も「死んでほしい」とか「全員呪う」と言った内容。

なんでそんな事ばかり言うのか、村上君が質問をした。



すると、キューピットさんは怒りの原因を

書き出した。


「あ・た・ら・な・い・と・あ・い・つ・が・い・つ・た」

全部ひらがなだから解釈しづらい。

「当たらないとアイツが言った」

それが原因で、キューピットさんは不機嫌になったとの事。

そして、そのアイツと言うのは

村上君のお友達の、平間君だった。

平間君を攻撃したいみたいに
「し」「し」「し」と

言う文字に五円玉は動く。

この「し」とは「居なくなれ!シッ!シッ!」と言う意味ではなく


「死」と言う意味らしい。そして「それは止めてください」と言うと

今度は数字の4で「4」「4」「4」と描く。

こうやって見ていると、ただキューピットさんに

遊ばれているような感じを受けるが

聖なる(?)儀式と思ってやっている本人達

そして私らには恐怖そのものであった。

また休み時間が終わり、また持ち越しである。




次の授業も私らは大人しかった。

大学を卒業したてのO先生は

首筋にいつもキスマークが付いている、お色気いっぱいの

英語教師である。
そのマークを

「車にぶつけたの」と言い私らを横目でみる。

外人の年下男子が彼氏と言う事を

何故か私らは知っていた。

カツカツとなるヒールの音を聞かされながら

O先生は私らの机の周りを歩く。

平和なのは、授業中だけ。


ニューホライズンに登場するマイクとジェーンのような

「日本に来たので、寿司と天ぷらを食べましょう」と言って

豪華に外食をしている暇はない。

私らがするのは、キューピットさんの

怒りを静める事である。

この相談は、先生達を巻き込んで解決するのだろうか?

先生達は私らを信用してくれるだろうか?

なんとなく・・「大人には分かってもらえない」と言うのと

「自分達で解決しないといけない問題」そして

「とんでもない異次元の世界に

関わってしまった」
と言う思いが複雑に噛みあう。

聞きなれない英語の発音をしてみながら

キューピットさんの解決策を考えている。



時間はいつのまにか放課後になった。

平間君もそうとうショックを受けているようだが

村上君も部活にも行かず、落ち込んでいた。

バドミントン部だった私は、友達らと

ラケットを用意して素振りに行く準備をしていた。

そして
「これから図書館に行って

なにか解決になる本がないか調べる」と

村上君が言っている。

なんとも深刻な顔をしている。

しかし。放課後にもなると

みんな自由になれる時間!と思っているせいか

キューピットさん事件の事が

時間と供に薄れていく。

そして、その件に関わりあっているのは

村上君の集団と、その周辺の席にいる人だけになった。



部活に行く。他のクラスの友達もやってくる。

バドミントンが好きと言う理由だけで

仲良くなったようなメンバーの集まり。

ここはここで、とても居心地が良かった。

3年生の先輩がスマッシュを強く

打っている。カッコよく見える。

試合的なものをしているのは3年生だけ。

私らはいつも仲良くしてくれる

2年生の先輩達が話かけてくれるのも

楽しくて部活に行っていた。

部活に行くと、お目当てのメンズの

先輩も見れるのでワクワクしてくる。

放課後の時間を楽しんで

ラケット振ってシャトルを追っていると

キューピットさんの話すら忘れてしまう。


そう、中学生とは24時間のいちに

色んな学科を学んだり、休み時間や

部活で会う先輩などで著しく時間が過ぎてしまう。

そんな時間の中で、思った事や感情など

次の瞬間には違う出来事に遭遇して忘れてしまう。

私は2年生の先輩に

今日の出来事の「キューピットさん」の件を

話に持ち出した。

先輩は言った。

「帰ってくださいとお願いしたら帰ってくれたんでしょ?

それなら、それで手を切った事になるから終わったよ。

もう呼び出さなければ大丈夫だよ」

おお!そうか。そう言われてみれば

もう帰ってくれたんだから、

それで関わり合わなければ良いのだ!

村上君!図書館に行かなくても

ここに、バドミントン部の先輩に

素晴らしい解決法を教えてくれる人が居たよ!!



数日後。もうキューピットさんの事も

薄れて普通の生活をしている。

村上君も、平間君も元気に学校に来ている。

私らを取り巻くあの事件は奇妙だった。

それにしても・・・。中学生は暇なのか

今度はキューピットさんとは別ジャンルの

「学校の七不思議」「怪奇現象」で

盛り上がっていた。